第14話

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第14話

「……嘘、でしょう?」  驚きのあまり京哉は再び現実感を失くしてしまっていた。剣舞の間はそれこそ神懸ったかの如く人ならざる者に見えていて顔の造りなど気付かなかったのである。  まさか自分は本当に異世界に滑り落ちてしまい、この世界での自分と出くわしてしまったのではないか、などとSFチックな妄想までがまたしても湧いてくる。それほど巫女は京哉と瓜ふたつだった。  職業柄京哉はリアリストだが、ここまで似ていると何か超自然的な理由付けでもしないと収まりがつかない。つまりはもう一人の自分と出会ったようなショックを受けたのだ。  だがもう一人のリアリストである霧島は、傍観者である分だけ立ち直りも早かった。世の中には自分に似た人間が三人いるというのが通説である。それに何よりこの人物は巫女ということで、つまりは女性だ。女性がだめな霧島にとってそこは重要ポイントだった。  その頃になって長髪男がやっと闖入者二人に当たり前の興味を向けてきた。 「貴方がたは誰ですか?」 「県警機動捜査隊長の霧島警視だ」 「同じく機動捜査隊の鳴海巡査部長です。ところでここは何処なんですか?」  霧島と同様に身分証を提示しながらも現実感を失ったままの京哉はマヌケな質問をしてしまう。だが警察官というのが信用に繋がったのか男は丁寧に答えてくれた。 「ここは御劔山頂の御劔神社です。わたくしは三上(みかみ)(たばね)、タバネと呼んで下さって結構です。そしてこの方は御劔神社の神職を代々務める御剣家の嫡男であり、神子でもある御剣(みつるぎ)透夜(とうや)です」 「嫡男って……えっ、じゃあ女性じゃないんですか?」 「はい。透夜様は男性で巫覡(ふげき)を務められています」 「フゲキ、巫女さんのことか?」  訊いた霧島にタバネは大きく頷いて微笑む。 「ええ、それはかなり正しい。()は女性の神子を、(げき)は男性の神子を指します。透夜様はあらゆる要職に就かれた方々からの信頼も厚い当代一の神子であらせられます」 「ふむ。それでタバネ、あんたは何であらせられるんだ?」 「わたくしは権宮司(ごんのぐうじ)の役職を頂いております。宮司が神職をまとめる神社の長、その次の位となります」 「……なるほど」  話を聞けば聞くほど現実感が薄れてゆくようで、これは京哉の精神衛生に宜しくないと判断した霧島は下界で起こった事件についてタバネに訊いてみたが、『そういえばサイレンが聞こえた』というレヴェルで何も知らないらしかった。  おまけに最高責任者でもないので捜査車両の乗り入れに関しても返事ができないなどと非常に使えないことを言う。この時点で霧島は食い下がるのを諦めていた。  そんな話をしている間も京哉はタバネに抱かれた透夜をじっと覗き込んでいた。 「どうして倒れちゃったんですか?」 「神懸ったあとはよくあることです。二時間ほど神に舞いを奉ぜられましたから」 「あんな激しい舞いを二時間も……すみません、長話しちゃって。何処かにちゃんと寝かせてあげなきゃいけませんよね。家は遠いんですか?」  普段は結構な鬼畜なのだが、同じ顔だと同情しやすいのか京哉はあれこれと気遣いし出す。そのとき霧島はポツリと水滴を頬に受けて夜空を仰いだ。再び雨が降り出したのだ。あっという間に雨は勢いを増して周囲の玉砂利を濃い鈍色に染めてゆく。  厄介な冷たさに思わず顔を見合わせた霧島と京哉だったが、白木造りの幣殿に上がり込むほど図太くはないのでなるべく軒下に身を寄せるに留まった。  透夜を抱いたままタバネも天を仰いで呟く。 「舞いという供物を受け、天之紅津命が自ら天を割られたのでしょう」  使えない上に何を暢気なことをほざいているのかと、霧島はタバネに呆れた。 「そんなことを言っている場合か、透夜が体温を取られて熱を出すぞ」 「そう、透夜の自宅は何処なんですか?」 「この敷地内に神子本宅はありますが普段は別宅の方で生活されております」 「ならば私たちが透夜を見ていてやるから、車を回して来い」 「承知しました。ではこちらの神殿の中でお待ち下さい」  案内されたのは幣殿と渡り廊下で繋がった高床式の社の裏口だった。ここも通常なら靴を脱いでも踏み入るのをためらうような施設だったが、今はタバネの許可も得ている。  白木の階段を上り、これも白木の板戸を開けた霧島は靴を脱ぐと濡れた靴下のまま容赦なく上がり込んだ。京哉も遠慮がちに続く。  最後に透夜を抱いたタバネが入って明かりを点け、板戸を閉めた。  上がった所は物置のような狭い部屋だった。狭いといっても建物に比してであり、二人のマンションのリビングくらいはある。その物置の隅に毛布が数枚畳んであるのを見つけた京哉が手早くそれを広げて板の間に重ねて敷いてやった。  その毛布の上にタバネは非常に貴重なガラス細工の如き扱いで透夜を寝かせ、きっちりと毛布で包み込んだ。その様子は誰にも触れさせないぞという意思表示のようだった。  ずっと透夜を抱いたまま手放さなかったタバネである。余程大事と見えてタバネは出て行くにも後ろ髪を引かれているようだったが、霧島はとっととタバネを追い出した。   タバネが去ると霧島と京哉は透夜の傍にあぐらをかいて座り、眠る透夜の顔を改めて覗き込んだ。深く眠っているようで起きだす気配は微塵もない。 「すごいすごい、自分の寝顔を見ているみたいで面白いかも!」 「これで男とは信じられんな」 「衣装のせいもありますけど、舞っている時は僕も女性と思ってましたもん」 「躰もお前並みに細いしな。背はお前の方が少し高いが」 「ドッペルゲンガーみたいですよね」 「ドッペルゲンガーは出遭ったら死ぬのではなかったか?」 「ええっ、そうなんですか? じゃあどっちが死ぬんでしょうか? ニセモノ?」 「オリジナルはどちらなんだ?」 「それは僕に決まって……ああっ、透夜が先に生まれてたらどうしよう!」 「どうもしなくていい。それより京哉お前、そんなにくっつくな」
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