第2話

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第2話

「そこまで苛つくなら煙草くらい付き合うと何度も言っているだろう」 「貴方を真冬の寒風に晒して風邪を引かせる訳にいきませんから」 「だったら隠していないで私の服を出せ」 「嫌です。そんな上手いこと言って、勝手に着替えて脱走する気でしょう?」 「夫で上司の私がそんなに信用できないのか?」 「当然です」  即答されて今度は霧島が眉間に不機嫌を溜めた。入院時に着てきたスーツ一式を隠された霧島はペラペラの患者用ガウンしか着ていないため、徘徊してもさすがに病院内に留まっている。  仕方ない、一度は実父の霧島カンパニー会長が危篤だと大嘘吐いて、クソ親父と仲のいい京哉を半端でなく焦らせてしまい、自分がビビったのだ。  互いに詰んだ状態で黙り込んだ。そこで京哉の携帯が震える。手にした携帯をチラリと見てから京哉は振動を止めた。メール、それも危篤でなく元気な霧島会長からである。本文を黙読し霧島に目を向けた。整った白い顔の柳眉がひそめられている。 「忍さん、御前からのメールを何通読まずにデリートしたんですか?」 「あのクソ親父からのメールなど覚えているものか。脳のメモリを食うだけ無駄だ」 「ご自分で『危篤』とか嘘吐いておいて、よく言えたものですね」 「私が今までどれだけクソ親父に利用されたと思っている! こればかりはデリートしたくてもOSレヴェルで焼き付いて忘れられん! 一度の嘘など可愛いものだ」  今度は京哉が溜息をつく。京哉にとって霧島会長は話の分かる好々爺であり、御前と呼んで親しんでいる。少々黒い話もできる気の合う相手だった。  だが霧島にとっては生みの母を愛人とした上に、自分を本社社長の椅子に座らせようと、あの手この手で画策してくる敵でしかないらしく、寄ると触ると喧嘩腰になるのだ。 「でも今回は本当にSOSみたいですよ。御前は奥さんの佳恵(よしえ)さんが腎臓結石、本社社長も胆石で両方緊急入院。でも明日の夜に白藤経済振興会の定例会があるんですって」 「定例会と名のついたパーティーか。それが私にどう関係する?」 「ピンチヒッターで出席して欲しいって。あの御前が【頼む】とまで書いてますよ」 「お前は騙されている。あれは舌を出しながら百回でも【頼む】と書いて寄越すぞ」 「けどピンチには違いないでしょう。実際どうするんですか?」  明日の検査は午前中で終わり、午後一番で結果を聞き問題がなければ退院である。 「何処で何時からだ?」 「今回はミリアムホテルで二十時からです」 「ミリアム……ああ、県内トップランクのウィンザーに対抗して白藤市駅の西口側に新規オープンしたホテルだな。なるほど、後学のために中に入ってみるのもアリかも知れん」 「じゃあ御前に仮出席の返信、しちゃっていいですか?」 「『これは貸しだ』と忘れずに打ってくれ。それとあとふたつ条件がある」 「ふたつなんて欲張りな……一応聞いてあげます。何ですか?」 「妻たるお前の同伴。パーティーで夫の私一人を晒し者にする気ではあるまい」 「うーん、仕方ないですね。御前の頼みを聞かない訳にはいきませんし」  これまでも何度か霧島に同伴してパーティーに出席してきた京哉だ。今更セレブ相手に臆することはない。ただ霧島カンパニー代表たる振る舞いをするのが面倒なだけである。そして最後に霧島が何を条件として提示するのか予測して京哉は身構えた。 「では、これがもうひとつの条件だ。京哉、キスしてくれ」 「えっ、キス?」  拍子抜けした気分で京哉は霧島を見返す。てっきり『今晩抱かせろ』と言い出すと思っていたのだ。住処のマンションでは毎晩抱き合って眠っているのだが、昨夜はベッドも別々だった。狭くても京哉のベッドに引っ越してこようとした霧島を京哉が断固として拒否したのである。  ここで『その気』になられたら検査結果に響くと思ったのが理由だ。  お蔭で今日一日、自分を見る灰色の目に切ない情欲が湛えられているのに気付いていたが、いつも我が儘を通す年上の男をたしなめるのも自分の役目と心得ている京哉は、霧島がどんなきっかけで言い出すのかと警戒し、それをどう躱そうかと考えていたのである。 「何だ、京哉。キスより煙草の方がいいのか?」 「忍さんってば、煙草にまで嫉妬してるんですか?」 「……悪いか?」  大の男が本気で拗ねているのを見て京哉は可笑しくなった。だが年上の男のプライドを尊重し笑いを堪えて立ち上がる。窓側のベッドに近づくと、あぐらをかいていた霧島もベッドから滑り降りた。小柄な京哉は頭を抱かれながら霧島の腰に腕を回す。 「京哉……私の京哉」 「んんぅ……んんっ、ん……っん!」  重ねた唇を貪られ、僅かに割った歯列から舌をねじ込まれた。だが荒々しい求め方ながらも絶妙なテクニックで舌を絡め取られ、口内をまさぐられる。幾度も唾液を要求されて送り込みながら、舌先を甘く噛まれた。次にはまた激しく届く限りをねぶり回される。 「んっ、ふ……ぅうん、んんっ……はあっ! 忍さん、卑怯――」  言いつつ京哉は膝が砕けそうになり、力強い腕に救われた。苦しくなる寸前まで攻められている間、霧島はずっと京哉の躰に己を擦りつけていたのだ。薄い衣服越しに熱く太く硬く成長した霧島の形が分かるくらい感じさせられ、京哉の方が堪らなくなっていた。 「僕、どうしよう……すごく忍さんが欲しいかも。愛してる……忍さん!」 「晩飯も食った。消灯前のこの時間は誰も来ん。ロックもしてある。遠慮要らんぞ」  年上の男の冷静な計算の勝利で京哉はもう霧島が欲しいとしか考えられず、その躰の中心を衣服越しに撫で始めていた。切実な手つきで霧島のガウンの紐を解く。    前をはだけられた霧島はベッドに腰掛けて脚を開いた。その足元に京哉は跪くと露わになった霧島の引き締まった腹から逞しい胸にまで手を這わせる。 「そんなに私が欲しかったのか」 「くれますよね……っん、忍さん?」 「全てお前のものだ、好きにしていい」
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