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第23話
エレベーターで一階に降り、エントランスから出ても霧島は腕を貸していてくれて、京哉の機嫌は随分と上昇した。和服に草履の京哉に合わせて霧島はゆっくりと歩いてくれる。
外は閑静な住宅街で高級そうなマンションや巨大な一軒家が建ち並んでいた。それらの谷間から仰ぎ見ると、冬の高空には刷いたような雲が一筋流れていた。
「だが数日後にはまた天気が崩れるらしい」
「冬の嵐ですか」
雑談をしながら昼食も進まなかった京哉は自販機の前で立ち止まる。霧島が硬貨を入れてやるとオレンジ果汁入りの炭酸飲料のボタンを京哉は押した。隣の自販機で煙草もふたつ手に入れると、すっかり機嫌良くなって見つけた公園に足を踏み入れた。
噴水の前の箱ブランコに京哉は袴の裾を端折って腰掛ける。霧島は炭酸飲料の栓を開けるとひとくち飲んでから京哉に渡してやった。
「子供の姿が見当たらんな」
「まだ学校……あ、今日は休日だっけ。でも今どきの子供は家の中でゲームですよ」
「なるほど。だが子供ではない『出歯亀』はいるようだが」
「やっぱりですか?」
「銃が手元にないと不安か?」
「貴方が持ってくれていますからね」
けれど姿を見せない監視人たちはあくまで監視に留まるようで、それ以上気配を露わにするような真似はしない。尤も敵ではなく味方で護衛なのだから当然である。
「僕のこと、透夜だと思っているんでしょうか?」
「これだけ張り付いているんだ、おそらくな」
「透夜も大変ですよね、落ち着かなくて」
「透夜たちが気付いているとは限らんぞ、一昨日も暢気にしていたしな」
「そっか。でもこれ本当に僕らのお仲間なんでしょうか?」
スナイパーの京哉とそれに匹敵するほど敏感な霧島だからこそ察知できた彼らは、気配を殺すことに慣れたプロに違いなく、一人や二人でないそれが警備部のSPだとは思えない。
すると残るは民間ガードだが、ただのガードにしては剣呑すぎる相手だった。
こういった集団を背後に持たざるを得ないとは占い師という職業も相当危険らしい。そこで霧島はSP二人が殺された事実を思い出す。京哉も同様らしく重ねて訊いた。
「本職SPが殺られても民間ガードに被害がない。本当にガードなんでしょうか?」
「ガードというパッシヴな雰囲気ではない、もっとアクティヴな気がするな」
「アクティヴな……ふうん、そういうことですか、なるほど」
「そういうこととは、いったい何のことだ?」
京哉が見せたのは含み笑いで、またかと霧島は諦めて空になったペットボトルを受け取ると、十メートルほども先にあるダストボックスに向かって投擲しナイス・インさせた。
◇◇◇◇
二十時という遅い時間に夕食を摂り、TVを眺めつつ二十二時を迎え、今日はもう風呂に入って寝るだけと安心しかけていた京哉を待ち受けていたのは、またも着物軍団の着替え攻勢だった。
座敷の間で襲い掛かられ、ザッと着物軍団が左右に分かれると、そこには白絹の単衣に緋袴を着け、金銀の刺繍をした千早なるうすものをまとった巫女がいた。
自分の反応で京哉が凹むと悟った霧島が囃し立てながらも割と素直に褒める。
「おっ、また美人度が上がったぞ。立派な巫女姫だな」
「他人事と思って忍さんはもう! 女装が似合っても僕は欠片も嬉しくないですよ」
立ち会った透夜とタバネも満足そうに頷き合っていた。
「神の子は男女関係ありませんから、そう仰らず。これなら本当に大丈夫でしょう」
「本気で僕を何とかっていう議員の前に引っ張り出すつもりなんですか?」
「与党の重鎮でもある秋山良文議員だ。この際、他人の目を欺くことができるかどうか試しておきたいのだ。バレても文句は言わない。だから頼む」
恨めし気に京哉は自分と同じ顔を睨めつけた。
「まさか託宣までやれとか言わないですよね?」
「できるものならやって欲しいところだが、そこまで要求しない。黙っていてくれて構わない。タバネに任せておけば万事上手くやる。いてくれるだけでいいんだ」
「具体的には何をするんですか?」
「託宣には変わりないが、わたしの不調は向こうも知っている」
「えーっ、そこまでやらせるの? 大体、託宣ったって何をすればいいんです?」
まだ文句も疑問もぶつけたかったが時間が押してきたらしく、促されて仕方なく京哉は素足に草履を履かされる。素足というだけでなくコート類も着られないのでかなり寒い。うんざりしていると白布に包まれた紅津之剣を持たされた。
本物は預けて貰えないので、これはイミテーションという話だったがずっしり重い。足にでも落としたらコトである。
「白藤市内のレキシントンホテルまで向かいます。お急ぎ下さい」
急かされたが如何にも薄着の京哉に霧島が寄り添った上に、スーツの身頃で包み込んでくれた。ガードである以上、安全なこのマンション内だけと分かっていても京哉は嬉しくて少々足取りも軽くなる。エレベーターで一階に降りてエントランスに向かった。
エントランス前の車寄せには黒塗りの高級外車が停められていた。頑丈かつ内装も豪華な車の後部座席に京哉と霧島が乗り込むと、意外にも運転席にタバネが収まる。
「お抱え運転手とかっていないんですか?」
「おりますが、託宣は先方にとっても極秘裏に行われることですので」
透夜や牧田たちに見送られて静かに黒塗りは発車した。姿勢のいいタバネの運転は不安のない確かなものだった。京哉は本革製シートに凭れて大きく溜息をつく。
なし崩し的にこんな事態に嵌められて京哉は非常に疲れていた。溜息を繰り返しながら窓外を眺める。指先はシートの上でしっかりと霧島の指先に絡めていた。
ずっと傍に霧島がいてくれるから我慢していられるのだ。自分で引き受けたことでも時に馬鹿馬鹿しすぎて付き合い切れないことがある。こんな理由で女装など霧島が宥めてくれなかったら幾ら京哉でも堪忍袋の緒が切れていただろう。
疲れた京哉はいつしか霧島の腕に凭れて眠ってしまっていたらしい。気付くともう白藤市内を走っていた。ビルの窓明かりは眩いが、時間が時間で交通量は極端に少ない。
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