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第25話
「かつてサッチョウ上層部の一部や某企業、それに与党幹部議員たちは僕というスナイパーを手先に使った暗殺肯定派を組織しました。平たく言えば邪魔者を消すシステムです。でもそれってニワトリが先かタマゴが先か分かりませんよね?」
「暗殺肯定派が暗殺スナイパーを使っていた訳だが、逆も言える。暗殺を実行可能なスナイパーが存在しなければ何も始まらなかった。そう言いたいのか?」
タバネの前で、それも京哉にとっては非常にデリケートな話を、霧島は様子を窺いつつ訊いてみた。だが案外、京哉は平気そうで霧島の話の早さに満足したらしかった。
「ええ、その通りです。僕や僕の代わりになる人材がいなければ暗殺肯定派は、ああいう形で存在しなかった。それこそ毒殺して病死に見せかけたり、事故を演出したりとか、そうやって邪魔者を消していたでしょう。でもそういう暗殺派閥も実際に存在したら?」
「それが託宣という死の宣告……もうひとつの暗殺肯定派ということか?」
「だと思いますよ。この国の『上』は託宣という死の宣告を利用して邪魔な人間を排除するシステムも考案した。透夜はそれに巻き込まれただけ……そうじゃないんですか、タバネ?」
難しい顔をしてタバネは黙ったままだ。
「ならば結局のところ御剣透夜はどういう位置づけなんだ?」
「透夜は自分自身が思っている千里眼なんかじゃないってことです。九天で酔っている間に託宣をし、託宣通りに人が死ぬ。そういう図式に見えるけど、じつはそうじゃない。透夜が酔っている間に行われるのは透夜のガードに対する殺しの依頼です」
「ふむ、なるほど。それであの気配か」
ただのガードにしては剣呑だと感じた彼らは単なる民間ガードではなく、暗殺者集団だったのだ。この国の有力者たちは透夜なるカーテン一枚を通して秘密裏に彼らに殺人依頼する。それは事故であったり病死に見せかけられたりと様々な方法で実行されてきた。
「だが殺しも殺したり何年も経てば、殺す相手に事欠きもするだろうな」
「たぶん、それが透夜の不調の理由ですよ」
「しかし敵対する人間も黙ってはいなかったということか」
「向坂神社と擁する他派閥が同じ手を使い、殺しを初めてもおかしくないですよ」
「結果が潰し合いの殺し合いか。ふん、ふざけているな」
「御剣家と向坂家はおそらく、この国の暗部を代々背負ってきたんじゃないでしょうか。時代に即さなくなったのは否めませんけれど。だから御前も『託宣などというものはそれでいい』みたいな言い方をしたんでしょう。そのうちフェイドアウトしてゆくさだめだって」
「そうなのか、タバネ?」
助手席で溜息をつき、タバネは疲れたように首を振った。
「古きことはよく知りません。ですが透夜様は幼少のみぎりより、よく神懸りしては託宣されてきました。それは事実、驚くほど当たりました。千里眼は嘘ではありません」
「だがそれを利用してのし上がってきた人間もいる。それも嘘ではないのだろう?」
「ええ、透夜様は何もご存じない……千里眼と名高き透夜様を利用せんと持ちかけられた儲け話に、お家大事で宮司が乗ったまでのこと。その当時、透夜様はたった十歳であらせられた」
「ふん、下らんな。帰ったら透夜にも教えてやるといい、『お前は死など予言していない』とな」
それを聞いてタバネは目の色を変える。
「おやめ下さい、透夜様は千里眼のご自分に誇りを持たれております」
「そんなものに縋るより自由に生きる方がいいんじゃないのか?」
「いいかどうかは人それぞれです。幼くしては男でなければ用なしと言われ続け、千里眼を発揮して宮司にようやく認められ……透夜様にとって千里眼は生きるよすがなのです」
何が大事か人それぞれなのは頷けるが、男と偽り続けてまで護るものが暗殺なんぞに利用されるだけの、ありもしない千里眼なのだ。死の予言などに縋って一生を過ごすなど、いよいよ下らんと霧島は思う。しかしそれを押し付けるほど図々しくもないので黙っていた。
まもなく霧島は黒塗りをレキシントンホテルの地下駐車場に乗り入れる。
「ここまできて私たちごと議員に会うとは天晴れだな、タバネ」
「すっぽかせるレヴェルの相手ではありませんし、この車で帰るのはちょっと……」
先行しているガードに何とかさせるということなのだろう。
黒塗りを駐め、三人はエレベーターで一気に二十五階まで上がった。
スイートルームで秋山議員は待っていた。
その部屋には一段高くなった畳敷きの間があり御簾までしつらえられた中で、京哉は黙ってイミテーションの紅津之剣を抱き、ひたすら欠伸を噛み殺していた。幸いエアコンで温かく、分厚い錦の座布団まであったので、うたた寝したいのをじっと我慢する。
ソファに座ったタバネの背後に控えた霧島は、いつ御簾の中に九天を焚かれるかと警戒しながら見守っていたが、妙な煙が漂うこともなくガードに殺人依頼がなされたかどうかも分からないまま、会談はごく和やかに四十分ほどで終焉を迎えた。
ただ御簾から出た京哉の手を秋山某が両手で握り締め、極めて親しげに肩を抱いたのには、霧島はそのバーコード頭を張り倒したい気分と戦わねばならなかった。
地下駐車場に戻ると黒塗りはガラスの割れていないものと入れ替わっていて、用心のためにまた霧島がステアリングを握る。ガードに運転させればよさそうなものだが彼らはあくまで影の者らしく、気配はあっても姿は見せなかった。
大通りを走らせているとタバネが押し殺したような声を出す。
「襲撃されたことを、透夜様には……」
「内密にしろと言いたいのだろう。別に言っても何のメリットもないからな」
言えば何故、向坂の手の者から狙われるのかを透夜も考えるだろう。そこから何を嗅ぎつけてしまうか分からない。それをタバネは恐れているらしい。
それなりに交通法規を守った黒塗りは五十分ほどで無事に透夜の別宅マンションに帰り着いた。透夜は起きていて三人を出迎えた。
「ご苦労様、京哉。悪かった」
「そうですよ、あとの五日は考えさせて貰いますからね!」
捨て科白のように言ってエレベーターに駆け込んだ京哉を霧島は追い、誰かが乗ってくる前に素早く閉ボタンを押すと、京哉を抱き締めてソフトキスを奪う。
「お前、躰が冷え切っているぞ。風邪なんか引いてくれるなよ」
また霧島は京哉を身頃で包み込んで部屋に戻った。部屋のテーブルには夜食の焼き菓子が用意されていて、京哉は手を洗っただけで着替えもせず焼き菓子に手を伸ばす。
「ん、美味しい。疲れた時は甘い物が一番ですよね」
二個目を口にするのを見て霧島はティーバッグの紅茶を淹れてやった。
「このブレンドティーの香りもいいし、あー、落ち着くかも」
「旨そうなフィナンシェだな、私も頂こう」
紅茶を飲みながら霧島も食ってみたがバターの利いた甘さが旨い。置かれていた焼き菓子を二人で食い尽くしてしまうと、満足した京哉は畳の間に上がり着物を脱ごうとする。だが脱ぎ方が分からない。救援要請に霧島が駆けつけ全てを引き剥がした。
脱がせるのはお手の物の霧島のお蔭ですっきりした京哉はバスルームに消え、残された京哉の抜け殻を前にして今度は霧島が悩むハメになる。畳み方が分からない。
仕方がないので洋室のクローゼットから幾つもハンガーを持ち出してきて、全てをぶら下げるという方法を取った。大漁旗の如く並べて掛けると納得して、霧島はTVを点けてニュースを見る。
だが地方局のニュースまでチェックしたが白藤市内の路上で三人の死体発見などという事件は報じられない。
時間が時間でためらいがあったが、どうしてもサツカンとしての思いが勝ってしまい、再び一ノ瀬本部長にメールを入れた。暫く待って返ってきたのは、
【そちらからのメールを受け、機捜に現場確認させたが痕跡なし】
という返答だった。敵も味方も両者共に影の者、明るみに出る前に何もかも回収してしまったらしい。
ただ襲撃され殺されてやる気はないので撃ったが、彼ら個人が自死を選ぶほどの秘密を抱えているとは思えなかった。そんな大層な人物なら襲撃要員として使い潰しはしないだろう。
だがあそこで人間三人が死んだ。喩え死んだ彼らが納得していても霧島は納得できない。人間三人の死を無かったことにしてしまう組織に腹が立って仕方なかった。
頭を冷やそうと思い、京哉の煙草を一本盗んで吸っているうちに浴衣姿の京哉が出てきて、そのままベッドにダイヴする。余程疲れていたようで、すぐに寝息が聞こえ始めた。
きちんと寝かせて毛布も被せると霧島は自分も手早くシャワーを浴びる。さっさと上がって明かりを常夜灯に落とすと京哉の隣に潜り込み、細い躰を抱き締め眠りに就いた。
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