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第32話
「何で僕が! 他人の男と! それも人前でしなきゃ……うっ!」
「大丈夫か、京哉。躰に障るから無駄に喚くな」
憤慨する京哉の緋袴の腰を支えながら、霧島は神殿から幣殿に繋がる渡り廊下をしずしず歩いていた。まだ京哉は九天にやられてナニしすぎた後遺症に悩まされている。
「静かにしていろ、もうふざけた人数が集まっているのだからな」
「本当にふざけてますよね、他人のを見て何が面白いんでしょう?」
「それは男の発言としてどうかと思うが」
「編集されていないんですよ、生々しいだけに決まってるじゃないですか」
「一理あるが、いいから静かに歩け」
本来神子の付き添いは権宮司であるタバネの役目だったが、色々と状況を鑑みて霧島が務めることになったのだ。衣装もそれなりなので非常に歩きづらいが、京哉も同様に相変わらずの巫女装束で我慢していて、寒そうなのが可哀想である。
結局、妊娠した透夜を前にして折れ、婚姻の儀を引き受けるしかなくなったのだ。
「でも本当に大丈夫なんですかね、透夜たちも僕たちも」
「今更だ。着いたぞ」
人々が見守る中、小突き合いつつ渡り廊下を歩き終え、霧島が幣殿の御簾を捲る。京哉が幣殿に入り、霧島も続いた。御簾一枚を隔てて皆がこちらを注視しているのが見えて霧島は鼻を鳴らし、京哉は薄く笑う。ここからの段取りも分かっていた。
「次はタバネと滝本静が来るのを待つんですよね?」
「予定通りなら、すぐに……来たぞ」
きざはしから人が上ってくる気配がして御簾が捲られた。紋付き袴姿の滝本静が入ってくる。左目が紫色のあざで囲まれているのはご愛敬だ。続いてタバネも入ってきた。男四人で顔を合わせると滝本氏が気まずそうに俯いた。確かに被害者ではある。
「で、どうするんでしたっけ?」
「こうするんだ……っと、失礼」
霧島は滝本氏にすり寄ると、みぞおちにこぶしを叩き込む。声もなく滝本氏は頽れた。気を失った気の毒な滝本氏を引きずって幣殿中央の褥に寝かせ、衾を被せる。
「よし、急げ!」
「はいっ! タバネも急いで!」
三人は舞台袖から楽屋裏へと駆け込み、前もって隠しておいた衣服に着替えた。
霧島と京哉はスーツでジャケットの下には銃を吊るのも忘れない。腰道具付きの帯革を締めて上から黒いコートも羽織った。タバネは白いシャツにジーンズと黒いジャケット、黒いコートという格好だ。靴を履くと裏口から三人はそっと忍び出る。
「剣呑なガードは出張ってきますかね?」
「さあな。客の前ではやらかさないだろうが、その先は賭けだな」
幸い幣殿は神社の奥を向いている。客も奥側にいるため幣殿自体を目隠しに三人は走った。目的地は石段を下った駐車場である。幣殿から五十メートルも離れると走りづらい玉砂利を蹴散らして全力疾走を始めた。だが京哉は後遺症で速くは走れない。
晴れているのがせめてもの救い、このまま行けるかと霧島が期待を抱いた途端に乾いた撃発音が数回響く。同時に先頭を走るタバネの足元の玉砂利が飛び散った。
「来たぞ、タバネ、真っ直ぐ走るな!」
「大事な透夜さまの僕は狙われませんよね!」
「透夜様は間違っても男物スーツなどお召しになりません!」
足元に連射され霧島と京哉は銃を抜く。敵は鎮守の杜の右方向から撃ってくる。剣呑な民間ガードとやらが御劔神社を護る影の集団であり、敵と同じく何があっても表沙汰にしないと知っている霧島は遠慮なく反撃した。
右耳を危うく掠められ、反射的に発射ポイントを予測して偏差射撃二発。呻き声が上がる。京哉も一発を敵に撃ち込んでいる。
更に黒い戦闘服の男が隠れた小さな社に二人揃って一発ずつ叩き込んだ。
「ああっ、御饌殿にヒビ割れがっ!」
「ミケの猫小屋なんぞに構っている場合か! それより走れ!」
だが幾ら表沙汰にしないといっても殺してしまう訳にはいかない。ジャスティスショットでガードの肩や腕を狙う。しかし影のガードは既に自ら影であることを辞めていた。姿を露わにしてこちらを狙ってくる。白昼の境内に激しく火線が飛び交った。
「京哉、二時方向に一人、任せたぞ!」
「タバネ、伏せて! 頭が吹っ飛びますよ!」
「あっ、あそこに大きな銃を持ったガードがいます!」
まさかのサブマシンガンが唸りを上げて襲いかかる。タバネを肩で突き飛ばしつつ京哉はサブマシンガン男の右肩にダブルタップをぶち込んだ。同時に霧島もそのトリガに掛かった指を吹き飛ばしている。大物を潰すと取り敢えず銃撃は止んだ。
「第二波が来る前に行くぞ!」
三人は転がるように石段を駆け下りた。下りながら京哉と霧島は残弾三発の銃をマグチェンジする。石段の途中で襲撃は勘弁だ。
祈りが通じたか駐車場に駐めた霧島の白いセダンに辿り着くまで銃撃はなかった。三人の気配で後部座席に隠れていた透夜が顔を出す。
「遅いから心配した、三人とも無事で良かった」
「タバネも早く乗れ、すぐに出るぞ」
運転席に滑り込んだ霧島が急かし京哉が助手席に、タバネと透夜が後部座席に収まるとすぐさま出発した。峠道を猛スピードで飛ばし向かったのは白藤市方面だった。
機捜隊長を張る霧島は最短でセダンをバイパスに乗せ、途中からそれも外れて裏通りに乗り入れる。普通なら選ばないような一方通行路や狭い路地を通り抜け、五十分足らずで白藤市内に入った。そうして白藤市駅の駅ビルに付属した立体駐車場にセダンを駐める。
トランクからボストンバッグとスーツケースを出してやり、それらの荷物と透夜とタバネを伴って駅構内に向かった。京哉と霧島は透夜たちを見送りにホームに立つ。
「西に向かうのか。アテはあるのか?」
「いいえ。でも取り敢えず先立つものもありますから」
「そうですか。透夜、良かったね。お幸せに」
「有難う、京哉。霧島さんにも感謝しきれない。そちらも末永く仲良くしてくれ」
最初にやってきた特急電車に透夜とタバネは乗り込んだ。窓越しに手を振る透夜とタバネに京哉も笑って手を振った。駆け落ち組を見送って京哉と霧島は息をつく。
「さてと。特別任務も目茶苦茶になっちゃいましたけど、どうしましょうか?」
「下手をすると首相にまで睨まれることになるな。非常に気は進まんが仕方ない」
「御前を通して宥めて貰うしかありませんね」
「クソ親父と話すのはお前に任せるからな」
駐車場から車を出して県警本部に向かい、到着すると庁舎二階にある懐かしの機捜の詰め所に上がった。殆どの隊員が警邏に出ていて詰め所は閑散としていたが、僅かに残っていた隊員が隊長の姿を見て身を折る敬礼をする。
するとラフな挙手敬礼で答礼した霧島に、四十五口径を七発ぶち込まれた死体が二体出た件で休日出勤していた小田切副隊長が開口一番文句を垂れた。
「俺には死体と書類をあてがっておいて、京哉くんと二人で出張とは、ずるいよな」
「別に今からでも代わってやっても構わんぞ。ただ一時間半ほど前に私は首相の息子をぶん殴って気絶させ、サブマシンガンの一連射を浴びて危うく逃れたが、それで良ければの話だ」
「……すみませんでした。俺は書類が恋人でいいです、ハイ」
「ふん、根性なしが」
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