第33話

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第33話

 言い捨てておいて武器庫係の宮尾(みやお)警部補に武器庫を開錠して貰い、京哉と霧島は減った九ミリパラを補充した。  本来ここには三十二ACP弾しか弾薬はないのだが、それもご愛敬だ。そのあと渋る霧島の眉間のシワを見て、京哉が代わりに御前宛に状況をメールにして送る。するとまもなく外線電話が鳴った。覚悟して出る。 「はい、県警機動捜査隊の鳴海巡査部長です」 《わしじゃ。おぬしらも今回はやってくれたようじゃの》 「すみません。でも僕も忍さんも後悔していませんから」 《ふむ。まあ、あの二人を引き離すこともできまいて。わしもあのような方法で国の命運を決めるのには賛成しかねる部分があったからの。いいじゃろう、総理を丸め込む方は任せて貰って構わん。ただ向坂神社にも潰れて貰わにゃならん。これは譲れん条件じゃから協力して貰うぞい》 「向坂神社も潰す……具体的にはどうやって?」 《向坂神社も御劔神社と同じく託宣を始めておる。ただ剣ではなく鏡じゃがの》 「向坂にも付け入る隙というか潰せるネタがある、つまりはその鏡の託宣とやらでも『秘中の秘』たる九天を使っている可能性が大なんですね。そして九天に関して御劔は対外的にシロ、なら単純ですが一包十万円の超高級媚薬の横流しは向坂がしている……そういうことですか?」 《ほっほっほ。相変わらずおぬしの勘の良さには呆れるわい。忍も不足ないパートナーに巡り合うたものじゃ。但し、忍はその気にさせんと全く使い物にならんがの》 「はーっ、やっぱり御前はお父上ですね。よく似て、違った、よく見てらっしゃる」 《浮世の憂さを切り離してオプチミストでいられるのは、わしや忍の得意技じゃよ》 「僕もそれで結構助けられています。でも職務放棄も高じると撃ち殺すよりもお茶に砂糖を混ぜたくなりますけど。勿論、少しずつ砂糖の量を増やしていくんです」  暫し二人して霧島をネタに盛り上がった。無論、聞いている霧島は自分の話でやけに愉しそうなのが気に食わず、眉間のシワはどんどん深くなってゆく。そこでようやく御前が話を元に戻した。 《そうそう。それと警備部SP二名殺しの線で一ノ瀬本部長サイドにも話を通す。おぬしらはホシ探しでもう一度特別任務じゃ、覚悟しておれ》 「分かりました」 《また美味い酒でも共に酌み交わそうぞ》  それで外線電話は切れた。京哉は小さく溜息をつき、霧島の灰色の目を見上げた。霧島も京哉と同じく向坂神社の九天使用について疑っていたのか、話の内容は掴めたらしい。 「だが本部長に話が通るまでは身動きが取れんな」 「一ヶ所以外はですよね。でもそこも夜しか開かないし」 「では一旦帰るか?」 「甘いですね。また書類の督促メールが二桁も溜まってますから、仕事仕事仕事!」 ◇◇◇◇  十八時半になって二人は幕の内弁当を食し、腹ごしらえをした。  ここでは夜食も含めて一日四食三百六十五日全てが、近所の仕出し屋の幕の内弁当と決まっている。迷うことを知らない霧島がそれしか注文しないからだ。  だが四季折々のおかずが入ってくるので誰も文句は言わない。  今日は牡蠣のしぐれ煮が入っていて京哉も満足し満腹になる。夕食休憩で警邏から戻って来て在庁している隊員たちに京哉は茶のおかわりを配り、煙草を二本吸うと出動だ。  そのまま出先から直帰するつもりで、霧島と共に皆に敬礼して詰め所を出る。駐車場の白いセダンに乗り込むと霧島の運転で向かったのは天根市方面だった。  高速道を使い一時間半後には薬屋のシャッターを叩いていた。 「おーい、邪魔するぞ!」  叫んでおいて三分の一しか開いていないシャッターを上げ、二人して店内に入るとシャッターを閉める。前回から間を置かずに現れた二人を見ても、店主の親父は驚きもしなかった。だが薬のショーケースに霧島がこぶしを叩きつけるとビクリとして身を縮める。 「何です、旦那はいきなり?」 「前回と同じ質問だ。柏仁会に何か動きはないのか?」 「それは言ったじゃないですか、高級な銃を流している感触だって」 「流している高級品は銃だけではあるまい。極秘ルートで流れてきた高級媚薬の九天も柏仁会は流している、それもあんたが元締めとなって……違うのか?」 「元締めなんてとんでもない、あたしは流れてきた漢方薬を柏仁会に売っただけですよ。微々たる中間マージンを手に入れただけ、前にも言いましたが真っ当な商売ですよう!」  暴力団に悪用されると知りつつ薬を売ったのだ、真っ当な商売とは聞いて呆れた。 「この前はわざと黙っておいて、ふざけるんじゃないぞ!」  低くドスの利いた声で脅し上げておいて、白衣の胸元を掴み上げながら訊く。 「九天の出処は向坂神社で間違いないか?」 「そこまで知ってて、本当に旦那はお人が悪い……」  怯えて下手に出てきた薬屋の言質は取った。白衣を突き放すと更に訊いてみる。 「もうネタは隠していないだろうな?」 「隠してません、これポッキリです、はい」  などと言いつつ詫びのつもりか、真っ赤な薬包紙の包みをふたつ出して霧島の手に押しつけた。証拠物品を霧島は受け取りコートのポケットに入れる。 「ふん。この九天の一部は科捜研に送るからな。首を洗って待っていろ」  分析すれば何が出るか分からない。例えば危険ドラッグや最悪メタンフェタミンやオピオイド系成分などだ。薬屋は旨い商売もこれまでと白衣の肩を落とした。 「邪魔したな。では帰るぞ、京哉」  白いセダンでマンション近くまで一時間二十分、二十二時閉店のスーパーカガミヤにギリギリ飛び込み、今週の食事当番たる霧島は食材を買い込んだ。不在ばかりで本日はもう土曜日、京哉の疲れ具合も鑑みて来週まで食事当番をしてやるつもりだった。  月極駐車場に白いセダンを置くとマンションまで二人で買い物袋を提げて歩く。  五階五〇一号室に辿り着くと早々に京哉を風呂に追いやって、霧島は食材を冷蔵庫にしまった。その間に一ノ瀬本部長からメールを受ける。 【明日九時に本部長室に来られたし】  と、あった。ロクでもない報告は明日にしようと思いバスルームから出てきた京哉には敢えて告げずに黙っていた。  その京哉は寝室に消える。あまりに静かなので覗いてみると、もうパジャマ姿で寝息を立てていた。霧島はそんな京哉からソフトキスを奪うとブルーの毛布を被せた。
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