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第34話
また休日出勤した二人は九時前にエレベーターで十六階に上がった。秘書官に取り次いで貰い入った本部長室で、三人掛けソファに座った二人に一ノ瀬本部長は開口一番言った。
「先の件とは全く関係なくて申し訳ないのだが、特別命令を下させて貰う。与党政調会長の梓議員の長女、梓映美の行方を捜索せよ」
霧島は京哉と顔を見合わせてから灰色の目を一ノ瀬本部長に向ける。
「梓議員の娘が行方不明なのですか?」
「もう丸三日になる。県議会議員の娘である友人の飯田実佳とミリアムホテル最上階の高級レストラン『和食ダイニング笹川』で四日前の晩に食事をしたのち、姿を消した。友人関係を当たったがノーヒット、家出をする理由も見当たらん」
「なるほど、それで?」
「放置して週刊誌にでも悟られスクープされたらスキャンダルにもなりかねん。それ以上に政調会長は心を痛めて仕事に影響も出始めている。早急に捜索に着手してくれたまえ」
既に内密ながら人探しには大勢の人間が投入されている筈、自分たちに探し当てられる可能性は薄いだろうと霧島は冷静に思った。単に猫の手も借りたい状況で、動かせる人員を総動員した挙げ句、自分たちにも案件が降ってきたのだ。だが断る理由もない。
「了解しました。では我々は『和食ダイニング笹川』から当たります」
梓映美に関する資料が入ったUSBフラッシュメモリを渡され、二人は本部長室を辞す。機捜の詰め所に戻り隊長のデスクでノートパソコンにメモリを接続した。
「梓映美、二十五歳。結構可愛い顔してますよね?」
「京哉お前、こういう女性が好みなのか?」
「急に不機嫌にならないで下さい。単に僕は公平に見てそう思っただけですから」
「分かった分かった。そうムキになるな。だがそうなると誘拐の線が一番濃厚か」
「身代金要求があったとは書いてないですけどね。で、捜査方針は?」
「まずは聞き込みだ。言っただろう、ミリアムホテル行くぞ」
本部庁舎裏からメタリックグリーンの覆面に乗って二人は出掛ける。白藤市駅のロータリーから西口に出てすぐ近くのミリアムホテルまでは十五分ほどだった。まずは近くのコインパーキングに覆面を駐め、辺りをぐるりと歩いてみる。
するとホテル裏手の入り組んだ狭い路地から同輩が出てきたのに出くわした。所轄である白藤署で見覚えた刑事課員二人だ。
互いに会釈だけで済ませようとして霧島は思い直し、刑事二人に声を掛けた。
「時間を取らせてすまん。七発食らった死体二名の捜査をしているのだろう?」
「あ、はい。霧島警視もそうでありますか?」
「堅くならないでくれ。その二体目のオロクの発見場所を教えて貰えるか?」
首尾良く教えて貰った場所はミリアムホテルに近いが入り組んだ路地裏だった。報告通り車も入れないような狭い小径である。まだ警備部の制服組が立っていて、先日の大雨で叩かれても流されなかった痕跡が道路に染みついていた。そこで刑事たちを釈放する。
「街灯も少ないし周辺は廃ビル。こんな場所じゃ目撃者もいない筈ですよね」
「だがここまでホテルに近いんだ、マル被は大胆とも言えるな」
「確かにそうですね、七発もぶち込んでいたんですから。七発ねえ……七発かあ」
「何か思いついたのか?」
「もしかしてマル被はそれなりのプロか、プロに近い人間じゃないでしょうか?」
「どういうことだ?」
訊かれてガンヲタの気がある京哉は説明した。四十五ACP弾使用銃で薬室一発プラス、マガジン七発というセミオートが世界的に見ても数多く存在することを。
「元はといえばセミオートの傑作品コルトM1911、いわゆるコルト・ガバメントですが、それをモデルにしたクローン銃が世界の各銃器メーカーから多数生産・発売されているんです。そして元になったコルト・ガバメントが薬室一発マガジン七発で、故にクローンタイプもそれに準じたものが多いんですよ」
「なるほど。そしてプロは全弾撃ち尽くさず、必ずチャンバに一発以上を残す、か」
「タクティカルリロードですね。だから七発撃たれていたんじゃないかなあって」
セミ・オートマチック・ピストルは全弾撃ち尽くすと銃上部のスライドが後退しきってホールドオープンという状態になり、マガジンチェンジをして次を撃つ前にスライドを戻し初弾を薬室に送り込む一手間が必要になる。これを『エマが掛かる』『エマージェンシーリロード』などといい、プロは嫌がるのだ。
その一手間を嫌ったり敵に残弾数を知られないようプロはタクティカルリロード、略してタックリロードなる、薬室に一発以上を残してのマグチェンジを心がけるのである。
「なるほど。その話はあとで捜一に上げておこう。ではレストランで聞き込みだ」
表通りまで歩いて出るとミリアムホテルに足を踏み入れた。午前中で煌びやかに着飾った人間は少なく、パーティーの時よりホテル内は落ち着いているように京哉には見えた。
それでも今日はホテルの格に合わせたスーツを着ていないので、京哉はやや早足となる。気にするなという風に霧島は笑ってくれたが、気になるものは仕方ない。霧島は普段からオーダーメイドスーツなので、そりゃあ気にはならないだろう。
エレベーターホールからエレベーターに乗ると、今度はボタンを押す係のホテルマンに見られているような気がして、京哉は妙にそわそわした。
最上階で降りるとテナントの高級レストランで早めのランチを摂ろうとするセレブな人々の目が気になった。そんな京哉に合わせて霧島も足早に歩き、『和食ダイニング笹川』のモダンな造りの軒をくぐった。霧島はためらいなく支配人を呼びつける。
支配人は超速でやってきたことを感じさせない接客のプロで、二人を速やかに応接室へと引きずり込み、和服の女性にコーヒーを出させ、何十回目かの顧客台帳ファイルを繰る作業をさも初めてのようにして見せた。
「梓映美様は御父上の梓忠敬氏と同じく当店をご贔屓にして下さる大切なお客様ですが、しかしあの日は変わった様子もお見受けできず……さて」
「同行していた飯田実佳はどうだった?」
「特に何もございません。お二方とも料理に賛辞を寄せられ、お帰りに」
更に幾つかの質問を投げたが、結局四日前の二十時半から二十二時五十分頃まで、彼女たちはここで食事を愉しんだという事実を確認したにすぎなかった。
異様に旨いコーヒーを霧島と京哉が飲み干すなり支配人は立ち上がる。用は済んだだろうから出て行けという無言のサインだった。
相手は霧島の顔くらい知っているだろうが、ここでは御曹司ではなく警察官扱いすることに決めているようで、その辺りもプロらしく霧島は却ってホッとする。
ホテルから出ると霧島は捜一の二係長にタクティカルリロードの話を上げるよう依頼してからコインパーキングの覆面を出して、次は飯田実佳の自宅に向かった。飯田実佳の自宅、つまり飯田県議会議員邸は白藤市内の郊外にある。
だが訪れた飯田議員宅では娘の実佳は不在と告げられ、空振った二人は一旦本部に帰ることにした。戻った機捜の詰め所で遅い昼食を残っていた幕の内で摂る。
京哉が淹れた一番上等な茶を啜りつつ、仕出し弁当の箱にふたをしながら、霧島は京哉が言った『プロか、プロに近い人間』について何となく考えていた。
「もし本当にマル被がプロないしプロに近い人間ならば、得物も上物なのだろうな」
「実際七発当ててるんですから、サタデーナイトスペシャルじゃあないでしょうね」
本気で考え始めたらスパコン並みの人間離れした超計算能力で、あらゆる事象を読み解き導き出して綺麗に嵌め込んでしまう霧島だが、そこまで大掛かりな企みは滅多に仕掛けない。大体、元が怠惰なタイプなので呟きも欠伸混じりで傍からは真剣に見えない。事実、そう真剣ではないのである。
そんな上司に慣れているので応えた京哉も肩を竦めて適当に同意した。
サタデーナイトスペシャルとは安価で粗悪な銃のことだ。かつて米国で造りが悪い代わりに安い銃が蔓延し、特に土曜日の夜に喧嘩や強盗などの犯罪で怪我人が集中した。そんな大量の怪我人や死体を見るハメになった医師らが揶揄したのが呼称の由来である。
聞いていた咥え煙草の小田切がふいに話に参入してきた。
「高級な得物を柏仁会が流してる感触があるって霧島さんたちが探り当てたんだろ」
「ああ、それもあったな。だが柏仁会が得物を流している裏が取れん。現在、確実に割れているのは向坂神社から回された九天なる漢方薬を流している、それだけだ」
「でも九天を流すことで上流階級者とのコネはできた訳ですよね」
言いつつ京哉は弁当箱ふたつを片付けて自分も煙草を咥える。
「そのコネを利用して高級な銃を流すのは容易じゃないですか?」
「おそらくその辺りだな。だが何故そこで七発もぶち込まれたオロクが発生する?」
「高級な得物を手にしたら、誰だって撃ってみたいんじゃないのかい?」
何気なく言った小田切を二人は見返した。小田切は茶を飲みながら続ける。
「手に入れた以上は撃ちたいだろ。だからオロクが出た。違うかい?」
小田切の言葉を聞いた京哉はパズルのピースがカチリと嵌った気がして叫んだ。
「それです!」
「は? どういうことだ?」
上司二人から見られて京哉は説明した。
「マン・ターゲットですよ。つまり柏仁会は高級銃を売りつける際に特典を付けたんです。『今この銃を買ったら標的として人間一人が付いてきますよ』ってね」
「まさかマン・ターゲットとは……いや、可能性は高いな。小田切、オロクの身元はともかく薬物関係は?」
「オロクは両方、血液中にメタンフェタミンが含まれていたと報告が上がってる」
「盛り場や飯場辺りで身元を辿られないような人間を拾ってきてシャブ中に仕立て上げ、裏通りに放った挙げ句、客に売った高級銃でターゲットを撃たせたのか……」
「僕と隊長が撃たれかけたのはマン・ターゲット一人では満足できなくなった客が、それこそマン・ハンター気取りで獲物を探しに出たのかも知れませんね」
この話が直接マル被に繋がる訳ではない上に証拠もないが、何かの糸口になる可能性を考えて霧島は帳場と呼ばれる捜査本部に設置された警電にコールする。タイミング良く捜一の二係長が捕まって、ハズレかも知れないと前置きした上で全て伝えて警電を切った。
「ってゆうか、僕らは梓映美を優先しなきゃだっけ」
「そちらもあったな。梓映美もミリアムホテルだったか」
「高級な得物に高級な客、全部ミリアムホテルを中心に起こってるんですよね」
「それ、何の話だい?」
京哉は霧島に目で確認し、隠さず全て小田切に語る。小田切も過去極秘の特別任務に従事したことがあるので政調会長と聞いても今更驚かない。だが眉をひそめた。
「なんだい、それは。危ないなあ」
「私たちも梓映美が誘拐され、危険な状況にあると予測はしている」
「そうじゃなくてさ。ミリアムホテル近辺で身元不明の人間、つまり行方不明者を暫く隠しておける筆頭はミリアムホテルだろ? てことは七発食らったオロクも自分の意志に関わらずミリアムホテルに泊まってた可能性が高いじゃないか。そこで第三の行方不明者だぜ?」
「貴様は梓映美もマン・ターゲットにされる可能性があると言いたいのか?」
「それが与党政調会長の娘だと知らなければ、現地調達もあり得るんじゃないかい?」
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