第37話

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第37話

 男が五人、自販機から届く光に照らされて着崩れたスーツ姿を露わにしていた。  彼らに囲まれて萌黄色のスカートスーツの女が小突かれている。霧島はしなやかな動きで気配を殺したまま滑るように駆け寄り、約二十メートル手前の暗がりから大喝していた。 「県警機動捜査隊だ、全員動くな!」  返事は銃弾の一発で反射的に放ったのであろうそれは霧島の耳元を掠める。ピシッという空気を切り裂く音にも怯まず、京哉を背に庇いながらシグ・ザウエルP226で応射した。  ダブルタップは男の右肩とトリガを掛かった指ごと粉砕する。霧島の脇から京哉も流れるような四連射を撃ち込んで二人の男の肩を砕き、銃を弾き飛ばしていた。  このような至近距離での銃撃戦に慣れていない小田切も奮戦し、こちらは的の大きな腹に二発をぶち込んでいる。小田切だけはシグ・ザウエルP230JPで三十二ACP弾、口径も小さいので運が良ければ腹から血を染み出させているチンピラも助かるだろう。  ともあれ一瞬で敵を制圧・無力化した三人はチンピラ五人の銃を蹴り飛ばし、距離を取らせておいて、ふらふらと数歩歩いただけで力尽きたかのようにしゃがみ込んでしまった萌黄色のスーツの女に駆け寄る。  頭から返り血を浴びた女は霧島に抱き起こされたが、自力で立つことも叶わない。 「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」  低く通る声を掛けられて女はゆっくりと霧島を見上げた。それは間違いなく梓映美だった。だが映美は瞳孔の開いた目の焦点を茫洋とぼやけさせ、霧島を認識しているのかどうかも分からない。  更には可哀相なことに資料で見た可愛らしかった顔を見る影もないほど酷く弛緩させ、饐えた金属臭のする息を吐いている。  典型的な麻薬中毒者の姿がそこにあった。三人は溜息だ。これは手に負えない。 「忍さん、一ノ瀬本部長に連絡しますがいいですか?」  他にも死者が出ている案件である。本来なら帳場に一報を入れ救急要請して梓映美というマル害を病院につれて行き、被害状況を明らかにせねばならない。  だがここで梓映美を公にしてしまえば大スキャンダルだ。父親の梓政調会長の立場も危うくなるかも知れない。それを危惧したため最初から捜索願を出さず特別任務となったのだ。 「ああ、それしかないだろう。だが私たち三人の銃のライフルマークは登録されているからな、誤魔化しは利かん。銃撃戦までしておきながらマル害不在の落とし前だ、帳場の追及は覚悟しておけ」 「分かってます。でも特別任務じゃなくても、そっとしておいてあげたいですよね」  今回特別任務から逃れていながら、巻き込まれた形の小田切も頷く。  拉致監禁されていた間に女性の身がどんな目に遭ったか容易に想像がついた。勿論あとで本人から秘密裏にでも聴取し告発させるべきだが、それは今すぐでなくても可能だ。自分の意志でそれができるようになるまで療養させるのが優先事項だろう。 「それより京哉、小田切、映美を護れ!」  叫ぶなり霧島は襲った殺気に対してダブルタップ。五十メートル近く離れた脇道の陰に撃ち込んだが手応えはない。それどころかまともに頭を狙って放たれた弾丸の射線から危うく転がって逃れる。瞬間、霧島が被弾したかと勘違いし、京哉が悲痛な声を上げた。 「忍さんっ!」 「私は大丈夫だ、そこの間に隠れろ!」  転がった勢いで霧島は自販機二台の隙間に飛び込む。あとから京哉が映美を押し入れ、京哉自身と小田切が身を寄せた。ここでも霧島は京哉を自分の背後に押しやる。どうあろうと霧島は京哉が一番大事なのだ。半分はみだした小田切には構わず京哉に警告する。 「おそらく楢井一輝だ、気をつけろ」 「全米の射撃大会ハンドガン部門で六位入賞した腕前ですからね」 「俺、お腹痛くなってきた。帰ってもいいかな?」 「帰りたければ帰れ。今すぐここから出て囮になれ」  馬鹿なことを言っている間に背後からも弾丸が飛来し、自販機の角で跳弾して火花を散らした。予想外の敵の出現に、四人は退路のない狭い場所で更に後退を余儀なくされる。ここは自販機三台で煌々と照らされ明るい。その上にロクに身動きも取れないのだ。  おまけに無理に立たせたのが拙かったのか、映美が白茶けた顔色をしていた。 「これは映美が保たん。小田切は映美を頼む。京哉、勝負かけるぞ。援護してくれ」 「じゃあ僕は後ろの方で」 「当てなくていい、押さえてくれ」  京哉と霧島はマグチェンジして十六発フルロードにする。 「いいです、いつでも」 「よし……三、二、一、ファイア!」  右腕だけ出した京哉が弾幕を張ると同時に霧島は自販機から飛び出し、路上に躰を投げ出しつつ、約五十メートル離れた脇道の陰に向かってトリプルショットを二回。二秒とかけず六発を叩き込んだ。更にダブルタップ。  素早く身を返し背後に正対、片膝をついた姿勢で様子を窺うも銃撃は止んでいる。殺気も消えていた。京哉が駆け寄ってくる。 「やったのか?」 「ええ、たぶん。貴方は大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だ、問題ない」  脅威が去り小田切が路上に映美を寝かせているのを見てから、まず京哉側の敵を確認しに行った。すると河野薬品株式会社社長の河野孝雄が右脇腹に一発を食らっていた。次に霧島側の敵を見に行くと予想通りの楢井一輝で、こちらは左脇腹に一発だ。  両方、隠れていたコンクリートブロック塀に貫通力の高いフルメタルジャケット・九ミリパラベラムで穴を開けられ、そこから見舞われた一発が脇腹に当たっていた。 「それにしても、うわあ、この銃は高級品ですよ!」 「お前の予想通りにコルト・ガバメントのクローン銃なのか?」 「ええ、キンバー・カスタムⅡです。わあ、幾らだったのかな、撃ってみたいなあ」  ガンヲタがヨダレを垂らさんばかりにしていると、そのポケットが震えた。携帯を出して操作する。霧島も覗き込むと一ノ瀬本部長からのメールだった。 【まもなく政調会長の使者が現着予定】  とあり、もう複数の人の気配が近づいていた。  現れた人影に対して警戒し銃口を向けたが、やってきたのがストレッチャを伴った救急隊員三名とスーツ姿の眼鏡男一名だと分かり、三人は銃を収める。  眼鏡男は京哉たち三人を認めると黙ったまま深々と礼をした。何となく三人は会釈を返す。 「そのまま秘密裏に都内にでも搬送するのかねえ」 「政調会長のスキャンダルはともかく、メディアに嗅ぎつけられたら可哀相ですよ」 「それより私たちは私たちで、抜け駆けの言い訳を考えねばならんぞ」 「うーん、本部長が僕らにあるとか主張する『現場運』なんてどうでしょう?」 「幾ら事件にぶち当たる体質でも、このメンバーでここを散歩も嫌な感じだな」 「都合良く呼んでおいて俺が邪魔だとでも言いたいのかい、霧島さん?」 「あ、それと覆面の中の売人を忘れてました。あれも副隊長の手錠でしたよね?」 「……あんたらが全部俺のせいにしたがっていることだけは分かったよ」  非常にどうでもいいことを喋り合いながら、ストレッチャに乗せられて今後つらい時間を過ごさねばならない映美たちを見送った。  眼鏡男が深々と三人に礼をした。
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