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第38話
彼らが去ってから霧島が機捜本部を通して帳場に通報した。
十五分後には現場は救急と帳場の捜査員でお祭り騒ぎになっていた。
口裏を合わせた三人は苦しいながら一貫した証言を押し通した。
事件のあった時間帯にホテルで聞き込みしようとし、偶然クスリの売人を発見・確保した。更に二件の現場を見てみようと思いつき、そこで怪しい一団に出くわし銃撃戦になった。幸い今回のマン・ターゲットは自力で逃げたのかも知れない、などというストーリーだ。
勿論、三人共に帳場入りもしていない機捜で、それも隊長・副隊長・秘書というメンバーから『計画的な抜け駆け』を疑う者も多く、決していい顔はされなかった。
しかし今回の件では帳場入りしていなくても、未だ機捜は初動捜査の権利を手放してはいなかったために管轄破りとは言えず、帳場の皆もそれなりに納得することになった。
ただ都合七名ものマル被が銃弾を浴びていたので実況見分と白藤署での聴取に時間がかかり、霧島たち三人が釈放され機捜の詰め所に戻ったのは翌日の昼に近かった。
だが機捜に戻ると隊員たちが拍手喝采で迎えてくれる。
「隊長に副隊長、それに鳴海、大金星おめでとうございます!」
「久々の大金星、胸がスカッとしましたよ!」
「やー、機捜が捜査権を取り上げられる寸前の逮捕劇、やってくれたっすよね!」
初動捜査専門の機捜は時に帳場と職務が競合してしまう。そういった競り合いを防止するためにも機捜は帳場が立つと同時に捜査権を良く言えば移譲、悪く言えば取り上げられてしまうのだ。喩えどんなにマル被をギリギリまで追い詰めていても。
それでも機捜は外部から見れば『美味しいとこ取り』と思われがちである。初動捜査というマル被を捕まえやすい時だけ捜査権を行使し、ある程度の時間が経って捜査も行き詰まった頃に帳場に案件を申し送るのは事実なのだから。
けれど捜査も半ばで余所に何もかも申し送らなければならない、中途半端で忘れてしまわなければならず、次から次へと起こる案件に対処しては申し送りを延々繰り返さなければならない悔しさを常々味わっているのも機捜である。
ここで上司たちが直々に挙げた金星を、皆が心から喜ぶのも尤もと云えた。
その三人は殆ど丸一日食っていなかったため胃袋が不満に鳴きっ放しで、京哉は急いで一番いい茶葉で茶を淹れると幕の内弁当を三つ確保し、上司たちにも配給した。
食っていると栗田巡査部長とバディの吉岡巡査長が情報を持ち帰ってくる。
「ガンマニアの残り一人、県会議員の嶋田宏司が帳場に逮捕されたっす。腕の貫通銃創を医者に通報されたそうで。真城市内の公園で誰かを狙ったのも吐いたそうっす」
「ふむ。私と鳴海を狙ったのは嶋田だったか」
「『誰でもいいから撃ちたかった』と供述したそうっす」
「そうか、分かった。次は小田切でも狙えと伝えてくれ」
ムカッ腹を立てた小田切が塩サバの骨を霧島の弁当に放り込み、霧島は竹輪の天ぷらでミケを釣って小田切の膝に凶暴極まりない三毛猫を乗せて部下を固まらせた。
そんな攻防を繰り広げながらも飯の続きを食い、情報収集用に点けっ放しのTVへ目をやると、与党政調会長の梓忠敬議員が映っていた。記者会見で梓政調会長は娘の映美が非道な手段で拉致された上に薬物中毒にされた事実を述べていた。
更には県警の人員によってあわやというところを助けられ、その場を脱したのは幸いだったが、今後の回復までつらく厳しい道を乗り越えねばならないことまで語っていた。
「ほう、まさかとは思ったが全てを詳らかにするとはな」
「週刊誌にすっぱ抜かれてスクープにされるより、よっぽどいいんじゃないか」
「まあ、そうかも知れませんね。売人からは殆ど有益な供述は得られなかったけど、マル害の映美の証言があれば柏仁会を叩くことも可能になる訳ですし」
それぞれ三人はそう言ったが、実際あの状態の映美をある意味メディアに晒すという政治家の覚悟と、自分たちの遥か上を往く思考に溜息をつきたくなったのも確かだった。
弁当を食ってしまうと三人とも徹夜明けで眠たくなった。だが京哉はノートパソコンを起動してメーラーを立ち上げ、報告書類の督促メールがまたも二桁というのを見ていっぺんに目が覚める。それを割り振られた上司二人の尻を蹴り飛ばす勢いで活を入れた。
「居眠りだのオンライン麻雀だのしてる場合じゃありませんよ。仕事仕事仕事!」
舌が痺れるほど濃い茶を淹れて上司二人の目も覚まさせ、任せておいては間に合わない書類の代書をすること五時間、根性で捜一課長の剛田警視に回す書類だけは何とか仕上げて送る。
生き存えたことに僅かながらホッとしてミケのエサとトイレ当番をこなしていると、霧島のデスクで警電が鳴った。振り返ると霧島が受話器をじっと見つめている。
それだけで京哉は警電の相手が分かっただけでなく、休むヒマもないと知った。
「我々三人を一ノ瀬本部長がお呼びだ」
一難去ってまた一難、御前が予告した特別任務が降ってきたに違いなかった。
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