第4話

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第4話

 翌日は朝食後から始まった検査を予定通りに終わらせ、昼食後に医師の全ての検査結果において『異常なし』のお墨付きを貰い、退院の運びとなった。  ナースステーションに京哉が預けてあった衣服に霧島は着替える。ドレスシャツとスラックスを身に着け、これは手元に置いてあった銃入りのショルダーホルスタを装着した。  機動捜査隊・通称機捜は覆面パトカーで警邏し、殺しや強盗(タタキ)に放火その他の凶悪事件が起こった際にいち早く駆けつけ、初動捜査に従事するのが職務である。故に凶悪犯と出くわすことも考慮され、職務中は銃を携行することが義務付けられていた。  機捜隊員が所持しているのはシグ・ザウエルP230JPなる薬室(チャンバ)一発マガジン八発の合計九発の三十二ACP弾を発射可能ながら、実際に弾薬は五発しか貸与されないというものだ。  だが霧島と京哉が持っているのは同じシグ・ザウエルでもP226という銃で、九ミリパラベラムを合計十六発発射可能な代物だった。  特別任務のたびに交換・貸与されていたのだが、二本のスペアマガジン入りパウチと共に、いつの間にか持たされっ放しになってしまったのである。十五発満タンのスペアマガジン二本と銃本体で一人四十六発という重装備だ。  いったい自分たちは何処と戦争するのだろうと初めは思っていたが、特別任務を終えて帰ってみたら残弾がたった三発だったこともある。更に霧島と京哉は県内の暴力団から恨みを買っているため職務時間外でも銃を持ち歩くことが県警本部長特令で許されていた。  パウチだけでなく手錠ホルダーや特殊警棒もベルトに着けるとスラックスごとズリ下がるほど重いので、それらは帯革なるゴツいベルト状の物に装着して通常のベルトの上に締めていた。制服警官が無線機だの様々な腰道具をぶら下げているアレだ。  既に霧島も京哉もそれらの重みに慣れていた。脇に吊った銃だけでも約九百グラムもあるのだ。命の代償と思えば決して重くはない。あとはタイを締めてジャケットを羽織る。京哉も同じく準備をして二人ともコートに袖を通すと退院準備は整った。 「じゃあ行きますか」 「ああ、そのまま機捜に顔を出すからな」  病室を出てナースステーションで黄色い声を浴びながら挨拶すると、もう釈放(パイ)である。エレベーターで一階に降りて外に出た。すると乾いた寒風が肌に刺さるようだった。  医師に異常なしの太鼓判を押された以上は容赦ない。足早に駐車場に向かいながらジャンケンする。負けたのは霧島でドライバー確定だ。  霧島の愛車の白いセダンに辿り着くとコートを脱ぎ、霧島が運転席に、京哉は助手席に収まった。機捜隊長を張る霧島の運転は非常に巧みで、滑らかに走る白いセダンは信号にも引っ掛からず、二十分足らずで県警本部庁舎裏の関係者専用駐車場に滑り込んだ。  降車して古めかしくも重々しいレンガ張り十六階建て本部庁舎の裏口から入り、階段を二階まで駆け上る。左側一枚目のドアから入ると、そこが機捜の詰め所だった。  霧島隊長の姿を認めて副隊長の小田切(おだぎり)基生(もとお)警部が鋭い号令を掛ける。 「気を付け! 出張から無事戻られた隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」  在庁者が一斉に立って身を折る敬礼をし、霧島はラフな挙手敬礼で答礼した。京哉は身を折る敬礼をしたのち、まずはそれぞれデスクに就く。  霧島の二期後輩に当たるキャリアでありながら男女関係なく派手過ぎた色恋沙汰で上に睨まれてここに流れ着いた小田切は、京哉と同じくSATの非常勤狙撃班員でもあった。  その小田切副隊長が咥え煙草で早速話しかけてくる。 「今回も長い出張、ご苦労さん。旦那はもういいのかい?」 「お蔭様で。一応は隊長ともども僕も明日までは休暇ですけどね」 「そりゃあ良かった。それにしても京哉くんとずっと一緒とは羨ましいなあ」  急に話を振られて霧島は小田切をブリザードの如き冷たい灰色の目で見た。 「貴様には生活安全部(せいあん)香坂(こうさか)警視がいるだろうが」 「それとこれとは別だよ。昨日も俺は(りょう)に殴られ蹴られてだな……」 「馬鹿か、浮気心を出すからだ。もし鳴海に手を出したら今度こそ射殺するぞ」  霧島と京哉がバディでありパートナーだというのは機捜の皆が知っている。何せ左薬指にはプラチナの輝くペアリングまで嵌めているのだ。  そんな話をしていると京哉の足元にはオスの三毛猫ミケがやってきて巻きついている。普段は野生でもあり得ないような凶暴なケダモノだが今日は機嫌がいいらしい。  特別任務に絡んで押しつけられたミケを本当は飼いたかったのだがマンションはペット禁止だったのだ。苦肉の策で機捜につれてきたが、広いのでミケは却って居心地も良さそうである。  おまけに機捜隊員は普通の刑事と違い二十四時間交代という過酷な勤務体制だ。つまりここには二十四時間必ず誰かは詰めているため、ミケが一匹で置き去りになることはない。  そこで京哉は思い出して立つと、ミケのトイレとエサをチェックする。猫好きの同志で当番表を作ってあるが上手く機能していたらしい。  冷蔵庫からタッパーウェアを出して大好物の竹輪の欠片をミケに与え、そのついでに給湯室に向かって休憩で戻ってきている数少ない隊員らに茶を淹れて配った。在庁者は少なく一往復で事足りる。  自分と隊長と副隊長のデスクにも茶を配給すると数十時間ぶりの煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。至福の一本を味わいながらノートパソコンを起動した。  真っ先にメーラーを立ち上げて京哉は信じられないモノを目にする。 「ええっ、書類の督促メールが十七通も溜まってる!」  過去最悪の数字に京哉は眩暈を覚え、それを聞いた霧島は小田切を睨みつけた。 「小田切、貴様、今まで何をやっていた!」 「まあまあ、そう怒らずに。『書類は腐らん』が霧島さん自身の口癖じゃないか」 「貴様こそ、そこにボーッと座っていて、よくも腐らんものだな」 「お蔭でオンライン麻雀も名人戦に食い込んで霧島さんに追いついたぜ」 「何だと? そこまでレヴェルアップしたのか。では私も半荘(ハンチャン)途中の一局を進めてもう一度貴様を引き離さんと――」  暢気極まりない上司二人に対し、青くなった京哉は休暇中なのにノートパソコンのキィを叩きだす。始めたのは上司らに任せておいては到底間に合わない書類の代書だ。  ここでは一班から三班に分かれ隊員らはローテーションで二十四時間職務に就いている。だが隊長と副隊長に秘書たる京哉は定時の八時半出勤・十七時半退庁の毎日で職務も内勤が主だ。  大事件でも起こらない限りは土日祝日も休みである。そして今日は木曜日で月曜は祝日。つまりここで放置すると今日を含めて五日間も書類が滞ることになるのだ。
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