第42話

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第42話

 これなら上手く誘導すれば九天のことも話してくれるかと思い、霧島と目で相談した時、玄関方向から気配がしてどやどやと男女の一団が現れた。  精確には男ばかりの大集団に女性が一人である。  丁度食べ終えた京哉と霧島は箸を置き、大集団を注視した。どう見ても大集団は京哉たちに対してフレンドリーには思えない。  ふいに京哉と同じように白絹の単衣に緋袴を着けた女性が京哉を睨みつける。 「貴方が売女もどきの御剣透夜ね?」 「……」 「あたしは安里の義理の姉で鏡の託宣をする朱美(あけみ)よ。これが夫で安里の兄の陽一(よういち)。そしてこちらがこの向坂神社の宮司様。御剣透夜、覚えておきなさい。何れは与党の重鎮もあたしの鏡の託宣の前にひれ伏すの。千里眼を失くした貴方なんかにこの向坂神社は渡さないんだから!」  女性がまくし立てると大人数のガードを含めた一団は足音も高らかに去った。 「うーん、台風一過って感じかも。あれは何だったんでしょうか?」 「何もカニも、ここの家族構成と勢力図が同時に判明したのは収穫だろうな」 「でも忍さん、この状態であれもこれも探れるんですかね?」  囁いた京哉に霧島も「分からん」と首を振った。その間に安里は更なる溜息でもつきたくなったか、それとも常習の悪癖かは分からないが煙草を吸い始める。それを見て京哉も霧島に預かって貰っていた煙草とオイルライターを手にして食後の一服だ。 「貴殿、いや、透夜も吸うとは意外だな。どのくらい吸うんだ?」 「一日一箱までは吸うヒマがないですね。安里は?」 「俺は一日一箱くらいか」 「ふうん。安里は毎日何をしているの?」 「神社の雑用なら山ほどある。うちは参詣者も受け入れているからな」 「へえ、それこそ意外かも」 「賽銭も馬鹿にならんというのが親父の口癖なんだ。お蔭で御劔神社の顧客まで流れてくるのを狙って貴殿の身柄を預かるなどと御劔に条件を出したのはいいが、独断で決めたのが兄嫁にバレて、ここ数日は夜中まで家族会議プラス御劔の宮司と電話会談だったんだ。実際、眠いやら俺には関係ないのに下らんやらで、参った」 「はあ、そうだったんだ」  結果として朱美の目にあまり触れない離れで安里が透夜を預かると決まり、透夜の存在を強く思わせるガードもシャットアウトしたのだという。  ガードの出入り禁止については御劔の宮司も難色を示したが、神の花嫁たる透夜を決して粗略に扱わないという約束の下で、霧島と着替え係二名を何とかねじ込むのが精一杯という朱美の勢いだったらしい。  とにかく朱美は透夜に対して勝手にライバル意識を燃やし、自分の立場を奪われてしまうのを非常に恐れているようだ。更に言えばいつかはやってくるだろう安里の未来の嫁までもが、朱美にとっては敵視すべき存在というすさまじさである。 「へえ。それで安里は冷や飯を食わされてるんだ。なら僕を御劔に帰せばいいのに」 「婚姻の儀も然り、この界隈では一度公言したことを翻すのは難しいんだ」 「はあ、なるほど」  喋りながら二本ずつ吸い、そのあとは離れの中を案内して貰う。だが神社の規模に比して小さな二階建て家屋は見るべきものも殆どなかった。それでも二階に八畳間が三つあったのは幸いで、京哉と霧島もシングルベッドのある部屋をひとつずつ与えられる。  部屋は南向きの廊下に面していて、ふすまを開ければ窓越しに陽射しの入る気持ちのいい畳敷きだった。ベッドの他にもクローゼットやデスクに椅子にTVなどが揃っている。  それに廊下沿いに三部屋が並んでいたが、安里の紳士的気遣いから京哉・霧島・安里という配置で、廊下には各部屋を遮るドアもあり、ロックも掛かるという、夜間に霧島が余計な心配をしなくていいシステムだったのも助かった。  尤も主である安里が合い鍵を持っていることは容易に考えられたが、そこまで心配していたら一睡もできず身が持たない。  着替え係の二名は一階に部屋を貰って食事も終わらせたらしく、頃合いを見計らい家人に案内されてきた。ここで京哉は着替えタイムである。  目前に広げられたのは持参してきた自前の普段着ではなく、当然ながら女物の和服だった。この世界では透夜、イコール女装が通説になっているのだから仕方ない。  先に送られていた大きな行李から出されて着せ付けられたのは、淡いピンクの地に花々が染め抜かれた友禅の訪問着に、茄子紺地に金銀の糸で刺繍が入った女袴だった。  仮にも嫁入りした身ということで振袖から訪問着に変わったのだが、そんな知識もない京哉は単純に邪魔な長い袖がなくなって僅かながら喜んだ。  化粧直しも済ませると着替え係二名は元の巫女装束を衣紋掛けに掛けて退出する。和服の女装にも化粧にも少し慣れてきた京哉は溜息をついた。 「それにしても主筋から外れちゃって、九天の横流しやSP殺害に辿り着けるんでしょうか?」 「同じ答えで悪いが、分からん。分からんが暫くは居座ってみるしかあるまい」 「そうですね。その辺を歩き回ってみれば、敵も動きを見せるかも知れませんしね」 「では早速散歩にでも出てみるか」 「安里も雑用に出ちゃってヒマですし、いいですね」  これも衣紋掛けに掛かっていたファー付きの和装コートに袖を通すと、京哉は御劔神社の宮司から『絶対に手放すな』と申し付けられている神剣を抱える。  霧島もチェスターコートを着ると準備完了だ。階段を一階まで下りると玄関の三和土にはちゃんと京哉用の草履も揃えられていた。    それを履くと玄関を出てゆっくり歩きながら神社見物である。 「ここはちゃんと神社らしいですね、ガラガラの鈴もついてるし」 「『馬鹿にならない』賽銭箱もあるしな。イヴェントがあったからだろうが、参詣者もかなり多いようだ」 「参詣者じゃない人もいるみたいですけどね」 「ここにはここの影の集団か」 「そういえば僕らがアキヤマ議員に会いに行った時の襲撃者も彼らなんですよね?」 「勝手に『透夜』にライバル心を燃やす朱美の差し金だったのかも知れんな」 「()る筈だった相手を護るハメになって、影の人たちも複雑かも知れないですね」 「あの襲撃で仲間が三人も自死することになったのだからな」  有耶無耶にされてしまった三人の命を思い、霧島は再び悔しさを噛み締める。  だが取り敢えず向坂神社に身を預けた以上、彼らは敵ではなく味方の筈だ。  しかし京哉たちの乗った黒塗りを襲撃し、本気で殺そうとしただけでなくSP二名を殺したのもおそらく彼らである。更に顔も名も売れた霧島は民間SPでなくサツカンだという事実も知られていた。尻尾を掴まれたら霧島にパクられると警戒もしているだろう。  そこまで敵対関係にありながら実際、味方も何もある訳がない。こちらがそんな思いを抱いているせいかも知れないが、向けられる視線が鋭いように京哉には思われた。お蔭でせっかくの二人での散歩も落ち着かないが、今は気にするだけ無駄と割り切るしかない。 「一案として一人でも捕まえて吐かせてみるのはどうでしょう?」 「敵に回すと九天の方が探れなくなるからな、それはあとだ」 「ああ、それもあったんでしたっけ。うーん、どうやって探りましょうか?」 「そうだな。取り敢えず大元のブツが何処に保管してあるのかくらいは知りたいところだな。それさえ分かれば最悪、薬銃課に金星は取らせられる。危険ドラッグ密売で身柄(ガラ)を取ればSP二名の方も吐くかも知れんぞ」 「ブツの隠し場所ねえ。それを探り当てた僕らが簡単にここから出して貰えたらいいんですけれどもね。影の人たちって何人くらいいるんでしょうか?」 「確かに蜂の巣は勘弁だな。では探り当てるのではなく、向こうから教えてくれるよう仕向ければいい。お前、九天を焚いて剣の託宣はどうだ? おそらく持ち出す現場に案内して貰えるぞ」 「九天なんか吸ったら託宣なんて演じる自信がないかも。まあ、考えておきます」  そのまま二人は大小様々な社を見ながら敷地内をぐるりと巡り、小一時間ほどかけて元の離れに戻ってきた。待っていたのはキッチンのテーブルに置かれたおやつで、内容はイチゴショートケーキとティーバッグの紅茶である。  安里は不在だったが【食っていい】と素っ気ないメモがあったので、早速電気ポットの湯で霧島が紅茶を淹れ、遠慮なく二人でケーキを頂いた。霧島と並んで腰掛けた京哉はスーツ姿も決まっている年上の男が口の端に付けた生クリームを指で拭って舐める。  仲睦まじく食べ終えて京哉の煙草タイムになってから安里が帰ってきた。 「甘い物を気に召したのなら幸いだった」 「もしかして安里が買ってきてくれたのかな?」 「記念すべき婚姻の日だというのに、祝い膳も出してやれなかったからな」 「そっか、ありがとう」  だが話したのはそれだけで、安里は煙草を一本吸うとまた忙しそうに外へ出て行ってしまう。本人曰く雑用は尽きないらしく、二十時の夕食にも遅れて戻ってくるほどだ。冷めたおかずを京哉が電子レンジで温めてやってから霧島とキッチンをあとにした。  そのあと京哉と霧島の二人は交代で風呂を頂いた。化粧を落として風呂から上がると、京哉はやっと自前の普段着である綿のシャツとセーターにジーンズという格好になることが許されホッとする。霧島はマンションにいる時と同じドレスシャツにスラックスだ。  キッチンを任されているらしい小母さんから缶ビールを二本貰って二階に上がり、二人は京哉が与えられた部屋でシングルベッドに座ってビールを飲みつつTVを眺める。  やがて眠たくなった二人はTVを消し、シングルベッドで抱き合って目を瞑った。
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