第45話

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第45話

 赤い包みを京哉は拾い、折られた薬包紙を広げながら朱美を見た。 「そんな上から目線でいいんですか、貴女は現職警察官を拉致監禁してるんですよ」 「確かに誤算だったわ、九天が効かないなんて思わなかったもの」 「忍さんに九天まで飲ませたんですか?」 「飲ませた訳じゃないわ、自分で飲んだの。檻にも自分から入ったのよ」  おそらく京哉を害すると脅したに違いない。あまりの怒りに京哉は吐き気まで感じる。だが朱美に急かされて毒々しく赤い粉に目を落とし、再び平坦な口調で言った。 「これじゃあ足らないんですけど、もっと貰えませんか?」 「まあ、贅沢ね。分かったわ、あとで出してあげる。だからさっさとそれを飲んで」  二つ折りにした薬包紙を傾けて京哉は薄甘い九天を口に入れる。水もなしで呑み込むと数秒と待たずに躰が熱くなり、むず痒いような疼きが全身に取り憑いた。だが歯を食い縛り、爪が掌を掻き破りそうなくらいこぶしを握り締めて甘い吐息を抑える。  一言も喋らず困ったような顔をしていた陽一が棒鍵で座敷牢の出入り口に掛かっていた錠を外した。怒りを全身にまといつかせながらも霧島が堂々と檻から出る。 「官品の銃二丁とスペアマガジン、それに私の携帯を返して貰おうか」 「だめ、今はだめよ。そこの売女もどきの神事と託宣が終わってからよ」 「あんたらが所持していい物ではない。公務執行妨害と銃刀法違反に加重所持、おまけで窃盗だぞ」 「あら、あたしたちが取り上げた訳じゃないわよ。それに警察だって完璧にクリーンな組織だなんて思っちゃいないのよ。甘いわ。この向坂神社と繋がりの深い政治家もいるの。幾らあんたが警察官でもそれだけに上には上がいるんだから」  朱美が顎で指示を出し、四人の男たちに再び霧島を取り囲ませた。そのまま都合十名の団体様で部屋を出る。最後尾となった安里が京哉に囁き声で訊いた。 「まさか本当に九天をそれ以上飲むのか?」  口を開けば甘い声を洩らしてしまいそうで、京哉は黙ったまま頷いて見せる。  一団は階段を降りて一階に着くと廊下を辿って奥へと歩き出した。そうしてダイニングキッチンの横にあった納屋のような扉を開けるとそこにはまた下り階段があり、ここからは朱美と宮司に陽一と京哉だけが細い階段を下ることになる。  着いた地下室は理科実験室のような雰囲気で、京哉が予想していた湿気は皆無だった。そして誰もいない室内の奥に一段高くなった場所があり、縦横五十センチほどの大きな壺がふたつ鎮座している。現代的な室内にそぐわない焼き物の壺はかなりの年代物らしい。  それに朱美は無造作に近づくと、壺のひとつに被さっていた革の蓋を剥がした。 「ここから幾らでも飲んでいいわよ」 「これ……何処から?」 「先祖代々伝わっているらしいわ。作り方なんてもう誰も分からないし、小金稼ぎに随分と売っちゃったみたいだから残りはもうこれだけ。でもいいの。こんなものなんか、あたしの孫の代くらいまで持てばいいんだもの。ほら、さっさと飲みなさいよ」  顎を反らせた朱美から大きなスプーンで山盛りにすくった九天を突き付けられて、京哉は仕方なく口を開ける。飲むというより口の中に押し込まれた。売っている九天はブドウ糖でも混ぜてあるのか、ここの九天は酷く苦かった。  そこから黙ったまま階段を上り、ダイニングキッチンで待つ霧島の姿を見た途端、堪らなくなった京哉は囲む男たちを押し退けて長身に抱きつく。  赤の他人の目があることすら頭に上らず、京哉は霧島にキスをねだった。霧島も他人に構わず応えて口づけてくれる。    唇を貪り合い、舌を存分に絡め合わせてから離れた。 「すみま、せん……忍、さん」 「お前が謝ることはないと何度言えば分かる」  「そう……ですね」 「それに無理することはない、神事などしなくていいんだからな」  だがそこで傍観者にされていた朱美が手を叩く。それを合図に四人の男たちは京哉ごと霧島を囲んだ。懐に手を入れて銃の存在をアピールしつつも、警察官を前に見せびらかしはしない。ギリギリで言い訳の利く範囲ばかり狙ってくる。  そんな状態で玄関まで移動し全員で外に出る。時刻はもう二十一時を僅かに過ぎていて、朱美や宮司は焦っているようだ。足早に幣殿の方へと歩き始める。  やがて前方に赤々と燃えさかるかがり火が見えてきた。京哉はその炎をじっと眺める。近づき徐々に大きくなってゆくその紅に意識が吸い寄せられるような気がした。  九天が効いて躰は混乱しきっている。堪らなく全身が疼いていた。  霧島だけが欲しくて堪らない。どれだけ他人が見ていても構わない。  ここで衣服を破り捨てられ全てを晒され、太すぎるものを捩じ込まれ、思い切り突かれて熱い欲望を注ぎ込まれたかった。何も考えられず、ただ霧島だけを想ってふわりと足を踏み出す。
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