第5話

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第5話

「隊長、副隊長。今そちらに送った報告書だけでもやって下さい」 「私は休暇中だぞ。それに書類は腐らん」 「そちらには捜一課長の剛田(ごうだ)警視宛の書類を回しました。ぶん殴られたいなら好きにして下さい」  それを聞いて霧島と小田切は顔を見合わせ、しぶしぶ書類に手をつけた。  だが霧島と京哉は白藤経済振興会の定例会なるパーティーに出席しなければならない。十七時前になって早めの晩飯休憩で戻ってきた隊員たちに京哉が茶を配ると、もう帰るべき時間となった。二人はコートを着て皆に敬礼すると詰め所をあとにする。 「何とか八通、書類が出来上がったのは幸いだったかも」 「幸いという顔ではないな。お前は真面目過ぎるぞ」 「貴方がたが不真面目すぎるんです。キャリアなのに頭脳の持ち腐れですよ。やれば超速で出来るのに……それでも休みの間にまだ書類が増えるのは確実、ううう!」  京哉の嘆きを聞き流し、霧島はコートを脱ぐとジャンケンもせず白いセダンの運転席に滑り込んだ。帰宅ラッシュの始まった中でスムーズに自宅マンションに帰り着くためである。  発車して大通りに出るとそこは高低様々なビルの林立だ。この白藤市は首都圏下でも特筆すべき大都市でビルの谷間には高速道路の高架がうねっているのも見えた。  すっかり日も暮れていたが、何処もここも窓明かりとヘッドライトの光の帯でけたたましくも明るい。そんな中をまともに走っていたら定例会に遅刻してしまう。  そこで霧島は裏通りに入り込んで、普通なら選ばないような一方通行路や細い路地を駆使し、最短で白いセダンをバイパスに乗せた。  そうして暫くすると幻だったかの如くビル群は消える。  白藤市のベッドタウンである隣の真城(ましろ)市に入ったのだ。  この真城市内に二人が暮らすマンションはあった。バイパス沿いに過剰な明かりを灯す郊外一軒型店舗を眺め、やがてバイパスを降りてのっぺりと広がる住宅街に入る。そうして出発してから約五十分後、月極駐車場にセダンを駐めた。  コートを着てマンションまで歩く間にコンビニに寄り、京哉の煙草と軽食のサンドウィッチを買い求める。白いビニール袋を京哉が提げ、五階建てマンションに辿り着いた。  オートロックのエントランスを開錠し、エレベーターで五階へ。角部屋の五〇一号室が二人の住処だった。ドアロックを外す。 「ただいまーっと。僕は一服したいから、忍さん先にシャワーいいですよ」 「では言葉に甘えよう」  上がった所がダイニングキッチンで、その奥に続き間のリビング、廊下を挟んで右側に寝室で手前に洗面所とバス・トイレというシンプルな造りの部屋だ。  床のオークに調度がブラックで壁の白とラグなどの差し色がブルーという四色で構成された結構スタイリッシュな空間である。だが調度の殆どは部屋の備品なのだ。  元々一人で住んでいた霧島が迷うことを知らないため、同じ色の物を買っただけというのが真相だった。大概のことをその程度しか考えず、悩み知らずで済ませてしまうのが霧島忍という男であった。その分、京哉が悩むハメになり無駄だと笑う。  その霧島は衣服を脱ぎ始めながら寝室に向かった。京哉は先に手を洗い、うがいをしてからリビングのエアコンを点ける。  あとは電気ポットを洗って浄水器を通した水を注ぎ、プラグを繋いだ。寒いくらいなので傷む心配はなく、買ってきたサンドウィッチはテーブルに放置し、大事な煙草だけ寝室にしまいに行く。  キッチンに舞い戻ると出掛ける前で慌ただしい思いをしながらも換気扇の下で煙草を一本灰にした。脳ミソが落ち着きを取り戻したところで再び寝室に向かい、ドレスシャツとスラックス姿になる。銃や帯革に着けていた警官グッズも一旦ダブルベッドの傍にあるライティングチェストの引き出しに収めた。  そこで丁度いいタイミングでバスローブを着て上がってきた霧島と交代だ。スラックスを脱いで洗面所に向かい、脱いだものを洗濯乾燥機に入れスイッチを押す。  バスルームに入ると熱い湯を頭から浴び、シャンプーとボディソープで全身泡だらけにして薄いヒゲも綺麗に剃った。再び頭から湯を被り泡を流すとシャワータイムは終了だ。  上がってバスタオルで拭い、バスローブを着てサツカンにしては少々長めの髪もドライヤーで綺麗に乾かす。それなりの場に出るので意識してブローした。  出て行くと霧島はリビングでTVを点け、ニュースを見ながらウィスキーなんぞ飲んでいた。ストレートでごくごく喉に流し込んでいるのを見て京哉は眉をひそめる。 「忍さん。タクシー利用でも、その飲み方は感心しませんよ」 「どうせ酔わないんだ、いいだろう?」 「幾ら殆ど酔わなくても肝臓に良くないでしょう。それにほら、時間も見て下さい」 「ならば今週の食事当番、飯の支度をしてくれ」 「はいはい」  飯の支度といってもインスタントコーヒーを淹れるだけだ。だが気分が違うのでサンドウィッチも開封しプレートに盛りつける。準備が出来たところで霧島を呼んだ。  手を合わせると軽食をあっという間に食べてしまい、京哉が煙草を一本吸うと、もう十八時四十分である。寝室で着替える際には京哉の衣装も霧島が選んでくれた。  こういったことも過去一度や二度ではなかったため、京哉の分も高級インポート生地のオーダーメイドスーツは複数着揃っている。  霧島のチョイスで京哉が着用したのは、濃いブラウンに白のピンストライプが入ったスリーピーススーツだ。ドレスシャツはごく淡いパープルで、タイはセピア色にパープルのピンドットである。さすがはオーダーメイドで躰に沿っていて動きやすい。  一方で霧島が着たのはチャコールグレイのスリーピーススーツでドレスシャツはホワイト、タイは地模様の入ったスレートグレイというスタンダードなものだ。二人ともジャケットの下にはショルダーホルスタで銃を吊っている。敢えてベルトの上に何もつけない。 「わあ、忍さんってば、やっぱり格好いい!」 「お前もそんなに決めて何処かの女性に誘われてふらふらついて行くんじゃないぞ」 「分かってます。僕は貴方の妻ですからね」  そっと抱き締め合ってソフトキスを交わすと霧島が携帯でタクシーを呼ぶ。二人ともブラックのチェスターコートを羽織ると戸締りと火元を確かめてから部屋を出た。  一階のエントランスを出ると既にタクシーが待ち受けていた。  二人して乗り込むと霧島が「ミリアムホテルまで」と告げる。快調に走り出したタクシーの後部座席で二人はずっと指先を絡め合わせていた。  約一時間でミリアムホテルに辿り着く。白藤市駅西口側のこの辺りは県警本部もある東口側とは違い建っているビルも古いものが多い。それらの建て直しが進む再開発地で、新しくビルの中にミリアムホテルもあった。  セレブが多数集まった白藤経済振興会はここで定例会を開き、新規オープンしたばかりのホテルに箔を付けさせ盛り上げようという試みらしい。  車寄せに停まったタクシーのドアは外から開けられた。二人が降りると制服のドアマンが深く一礼する。時間もないのでそそくさとホテル内に入った。
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