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第7話
ここで単独行動は拙いような気がして、足早にパーティー会場に戻ると目で走査する。霧島はグリーンのドレスのお姉さんとダンスエリアで踊っていた。互いにアイコンタクトで合図し合うと曲の切れ目に霧島が戻ってくる。そこで事情を説明した。
「なるほど、柏仁会の槙原省吾に個人まで特定されているとは厄介だな」
「どうしましょうか?」
「ラスト一曲、お前と踊ったら帰ることにしよう」
手を取られ霧島のリードで京哉も再び踊り出す。今度はダンスエリアど真ん中でスーツ二人組のダンスは当然ながら目を惹いた。そんなことすら頭に上らず京哉は霧島の胸に頬を擦りつける。何だか思考に霧が掛かったようにぼうっとした。
逞しい胸だけでなく身体中に我が身を擦りつけ、押し倒して引き剥がしたい。露わにした滑らかな象牙色の肌に触れて、あの反り返った熱く太すぎる霧島で我が身を思い切り貫いてしまいたい――。
「京哉、どうした、そんなにくっつくな。これはタンゴではなくワルツだぞ」
言われずとも分かっていたが、京哉は霧島に密着したまま一曲を踊り切り、微笑ましい二人を鑑賞していた周囲から拍手を貰う。二人は優雅に礼をとると、そのままパーティー会場をあとにした。クロークでコートを受け取りエレベーターで一階へ。
だが車寄せに出るなり霧島は響いてくる緊急音に気が付いた。パトカーのサイレンだ。それはあっという間に近づいてかなり近い場所で停止したらしいのが分かった。
二人で顔を見合わせた途端、京哉のポケットで携帯が震え出す。
「あ、三班長・佐々木警部補からです。【ミリアムホテル裏の路地で男性の死体を発見したとの一般入電にて急行。既に所轄と捜一に現場を引き継ぎ、機捜は警邏強化中。現着した検視官の報告では死体は七発もの銃弾を食らっている模様】ですって」
「こんな早い時間に発砲事件、それも七発だと?」
「ホシは明日も出勤なんじゃないですかね」
何を言っているんだと灰色の目で見られて、ぼうっとしていた京哉は言い訳した。
「いえ、『こんな早い時間』の犯行で反射的につい……」
二人はドアを開けかけていたタクシーをパスし、ホテルの裏に向かい走り始めた。ミリアムホテルの裏手は小径が交錯し入り組んでいたが、次々と現着するパトカーや覆面パトカーのパトライトのお蔭で迷わず二人も現着できた。
同時に『こんな早い時間』の犯行が可能だった理由も知る。辺りは再開発で解体前の無人となった建物が殆どだったのだ。
既に現場は黄色いバリケードテープで規制線が張られ、野次馬が伸び上がって携帯のカメラで何か撮れないかと奮戦している。
彼らを押し分け、張り番をしている警備部の制服組を手帳でクリアし、規制線を跨いで二人はブルーシートで囲われた現場に到着した。
「二十二時十六分、臨場と。うわあ、これは酷いかも」
「確かにな。七発も食らったのなら仕方あるまい」
するとそこで顔見知りの県警捜一の二係長が霧島を認めて挙手敬礼する。
「これはこれは、機捜は隊長殿も臨場ですか」
「いや、偶然近くにいたものだからな。それで、何がどうなっている?」
「まあ、見ての通りです。死亡推定時刻はここ一時間以内ですね」
「目撃者及び発砲音や悲鳴を聞いた者は?」
「今のところ残念ながら。捜一と所轄で地取りは続けています」
地取りは周辺の聞き込みだ。地取りや敷鑑と呼ばれる被害者の人間関係は捜一や所轄署刑事課が担当する。勿論事件発生で機捜も動いているが、あくまで機捜は覆面での機動力を求められるだけだ。今は近辺を私服で覆面に乗り密行警邏し、怪しい者に職務質問して回っている筈だった。
「免許証も財布も持ってないんですよ、この死体。お蔭で未だ身元不明でして」
「なるほど。だがカネ目的の流しの強盗にしては物騒すぎる、不自然だな」
「それにこの空薬莢、四十五オート・コルト・ピストル弾ですよ。酷いもんですね」
重ねて京哉が『酷い』と口にしたようにゼロコンマ四五インチ、つまり約十一.五ミリ口径という大口径弾を七発もぶち込まれた死体は、ずたずたで見るも無残な有様である。
ここまでするマル被を野放しにするなど論外、早急な身柄確保が必要だった。
その場で霧島は機捜本部と連絡を取り、一班にも非常呼集を掛けて二班体制で警邏をするよう指示を出す。すると隊長としてできることは取り敢えずなくなった。
そこでミリアムホテルの車寄せまで戻る。そうした間も何故か京哉はずっと黒い瞳を潤ませ霧島を見上げ続けていて、霧島にとっては堪らないものがあったが、それよりも今、自分たちの身に迫った危険は柏仁会だ。タクシーに乗り込むと霧島は行き先を告げる。
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