第9話

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第9話

 間近な外灯の下で京哉の目が赤いのに気付いた霧島は、京哉が可哀相になって細く華奢な身をすくい上げ、横抱きにして傍の公園に足を踏み入れる。公園は半分が遊具や砂場のある子供向け、半分が植樹された木立の中に小径のある遊歩道となっていた。  その遊歩道の入り口にベンチと自販機があり、霧島はそちらに向かう。  ベンチに京哉を座らせようとするも京哉はじっと立ち尽くしたまま動かない。霧島は自販機で飲料を買おうとしたが、京哉に抱きつかれて身動きが取れなくなった。 「京哉、分かったから少しだけ離れてくれ。コーヒーを買うだけだ」 「っん、やだ……そんなの、要らない。忍さん、抱いてよ」  思わず口をついて出た言葉に京哉自身が驚いているようで目を瞠っている。涙が今にも溢れそうに潤んだ黒い瞳が外灯を反射していた。切ない表情のまま言い訳する。 「すみません、冗談……なんですけど」 「帰ったら壊れるくらい抱いてやる。だから今は我慢してくれ」  本気で泣き出しそうな京哉を霧島は抱き寄せた。本当は霧島だって耐え難い想いをしていた。京哉の下衣だけでも引き剥がして突き立て貫いてしまいたかった。今、ここで堪らなく色っぽい京哉が満足するまで犯し尽くし、辱めてやりたい想いでいっぱいだった。  その時、目前の木立の間に人の気配を察知する。  単なる覗き野郎かと思った次の瞬間、霧島は直感に従って京哉を突き飛ばしていた。  屋外射撃特有の乾いた短音が響く。  屋内なら響くがこんな野外だと素人ならカンシャク玉だの車のバックファイアだのと勘違いしそうな、TVドラマなどで聞くより軽い短音だ。  その音と共につい今し方、二人のいた空間を「ピシッ!」という衝撃波と共に銃弾が貫く。同時に木立の中で銃口が吐く燃焼炎、マズルフラッシュが閃いた。  言葉を発するより早く二人も銃を抜いている。続けざまに二射がきて霧島はマズルフラッシュに向け一発を撃ち込んだ。下草のガサガサという音がしたが、敵がどんな装備をしているのか予想もつかない以上は深追いするのも危険である。  どの方向にも逃げられるよう躰を柔軟にしつつ、神経を極限まで研ぎ澄ませた二人は暫し身動きを止めていた。 「気配が……消えた?」 「逃げたらしいな」  そこで霧島が携帯を出し機捜本部を通して通報する。所轄の真城署刑事課が駆け付けるまで二人は小径を辿ってみた。グレイに浮いて見える石畳の小径の途中で京哉が足元を示す。  僅かながら残っていたのは血痕だ。辺りには白く硝煙も漂っている。硝煙の濃い方に進むと木立の下草の中、落ち葉の上に空薬莢がひとつ落ちていた。 「またしてもフォーティーファイヴとはな。三射の残りふたつは鑑識が探すだろう」 「そうですね。七発もぶち込まれなくて幸いでしたけど」  その声色に僅かな変化を聞き取った霧島は、馴染んだ匂いを嗅いで目の色を変える。 「京哉、お前、まさか撃たれたのか!?」  訊きながらも慌てて京哉の細い身をまさぐった。躰のあちこちに触れ撫で回され、その切実な手つきに京哉は早々にギヴアップして自己申告に踏み切る。 「ここ、スーツだめにしちゃったかも……」  外灯の下で京哉の左上腕の黒い染みを見て霧島は血相を変えた。じわじわ広がってゆく血の染みに霧島の方が蒼白となっていた。珍しくも怒鳴り散らし罵倒する。 「くそう、何処のどいつだ! 絶対に探し出してゆっくり殺してやる!」 「落ち着いて下さい、忍さん。掠り傷ですから」 「遅いぞ、所轄も救急も!」  喚きながらも自分のタイを解いて京哉の傷より上を縛り上げ、止血処置をしてから京哉自身のタイで腕を吊らせ応急処置を終える。  まもなく緊急音が近づいてきて真城署刑事課の強行犯係や鑑識班が現着した。次に救急車も現着し、簡単な状況説明をしたのちに京哉は救急車で真城市民病院に搬送される。勿論、霧島も付き添った。  結果、幸いなことに本当に掠り傷と判明し、消毒されて薬を塗られ、防水ガーゼを貼られ、診断書を渡されて釈放(パイ)となる。  そのまま所轄のパトカーで現場に後戻りし、実況見分に臨んだ。その頃には機捜や県警捜一も駆けつけていて、周辺住民の野次馬も現れ、現場は大した騒ぎとなっていた。  霧島が一発発砲しているので現場での検証は長引き、そのあとの真城署での事情聴取の間も霧島は怪我をした京哉が心配で、要点を述べたのちは殆ど上の空だった。  やっと解放されて真城署一階に降りてみると、ベンチに座った京哉が機捜三班の栗田(くりた)巡査部長と吉岡(よしおか)巡査長のバディを相手に喋っていて少々安堵した。  霧島隊長の姿を見て栗田たちは立ち上がると身を折る敬礼をしてから報告する。 「まだミリアムホテル裏の件のマル被は確保できていないっす。佐々木班長と一班の竹内(たけうち)班長が相談して三班の半分をこっちの銃撃事件の専属にしたっすから」 「分かった。今は一台でも多く警邏が欲しい。そのまま出てくれ」 「了解です」 「あ、すまんが、ついでにうちまで送ってくれるか?」 「はいはい、お二人の愛の巣っすね」  警邏ついでにマンションまで覆面で送って貰ったのは良かったが、栗田巡査部長のお喋りは尽きず、隊長及びその秘書の休暇の過ごし方だの避妊法だのといった、詰め所で聞き飽きた下手なジョークを延々聞かされて、ようやくマンションの傍で降ろされた。  ラフな挙手敬礼で栗田たちを見送ってから五〇一号室に上がる。ドアロックして靴を脱ぐなり霧島は京哉を抱き上げて寝室に運んだ。そうして明るい中で改めて見ると、掠り傷でも破れたスーツの腕は血だらけである。  堪らなくなって霧島は京哉の頭を抱き込んだ。さらりとした髪を胸に抱いて口づける。くすぐったくなって京哉は霧島の腕から逃れ、くしゃくしゃの髪で微笑んだ。 「そんな顔をしないで下さい、大袈裟ですよ」 「大袈裟などではない、撃たれたんだぞ!」 「大声出さないで。貴方だって何度も撃たれてるくせに。前回の特別任務でも撃たれて治ったばかりじゃないですか。それに比べたら僕のこれは本当に掠り傷ですよ」 「いいから黙っていろ! あ、いや、気分が悪くなったら素直に申告してくれ」 「気分は悪くないです、けど……忍さん」 「京哉、お前まだ……?」  改めて腕を緩く巻きつけ覗き込むと、黒い瞳は潤み目元はうっすらと上気していた。霧島の腰に京哉は腕を巻いて猫のように白い頬を擦りつける。吐息が甘く酷く熱い。  さも愛しげにスラックスの前にまで赤い唇を押し当て、更に舐め始めるに及んで、心配と期待を入り交じらせた霧島は、さらりとした長めの髪を見下ろして低い声を降らせた。 「京哉、服は止めておけ、腹を壊すぞ」 「それなら……脱いでくれますか?」 「怪我をしたばかりだ、一晩くらい我慢できんのか?」 「痛くないですから。我慢する方がつらい、お願いですから、忍さん!」 「そうか、分かった」
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