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「あの、よかったら半分食べます?」
彼女はそう言いながら、文庫パンを丁寧にちぎってよこした。
断る理由が見つからず、僕はありがとうと言って一口食べてみた。程好く塩味のある表紙の生地は、サクッとした食感で思ったより柔らかく、控え目の甘さのカスタードクリームと、口の中ですぐに馴染んでいった。
「美味しい!」
僕はパクパクと一気に残りを食べた。そんな僕を見ながら、彼女もにこにこ顔でパンを食べていた。
「君はかなりの本好きのようだけど、いつもどんな本を読むの?」
「小説なら、ジャンルを問わず何でも読みますよ」
「あ、もしかして、君も小説を書いているとか……」
「私?私は書きません」
彼女は「書けません」とは言わなかった。確かに彼女にだって小説は書けるはずだ。筆一本で勝負する世界は、将棋と同じで年齢なんて関係ない。「書ける」けど「書かない」のは、「書く」ことで失われるものがあることに気づいているからだ。もちろん「書く」ことでしか得られないものもあるはずだけれど、それらは、既に僕の周りからはすっかり消え失せてしまっているように思えた。
「どうして小説を書こうと思ったんですか?」
今度は彼女が尋ねてきた。
「どうして?うーん、どうしてだったかな……」
他に人並みに出来ることがなかったという消極的な理由だけではなかったはずだ。文学賞を獲ってみんなを見返したい、有名になって世間から注目されたい、ベストセラー作家になってお金を儲けたい、作品を通じて誰かの人生に影響を与えたり、救ったりしたい……。もちろんそんな思いは常に頭の中でちらついてきた。けれども、もっと芯の処で、自分を創作に駆り立てているものがあったはずだった。
「私は、どちらかというとストーリーの面白さは二の次で、登場人物が脇役まで生き生きしている小説が好きなんですよね」
答えに窮している僕の代わりに、そう彼女が呟いた。僕は彼女の言葉を聞き、自分が小説を書く本当の理由を、少しだけ思い出しかけたような気がした。
「あ、もうこんな時間だ。戻んなきゃ」
スマホの時計を見た彼女が、腰を上げた。
「学校に戻るの?」
「いえ、集合場所です。自由行動時間だったんです。修学旅行の」
「修学旅行って、君、どこから来たの」
「熊本です」
「え!本当に?僕も熊本出身なんだけど」
高校まで熊本で暮らした僕は、大学進学を機に上京したのだった。
「えーーすごい偶然ですね!」
彼女が初めて中学生らしくはしゃいだ。
「でも自由行動って、友達と一緒じゃないの?」
僕は尋ねながら、聞いたらいけなかったかなと思った。案の定、彼女の表情は一瞬にして曇ってしまった。けれども、それもまた一瞬のことだった。彼女はすぐに笑顔を取り戻し、ブルーの袋を掲げて言った。
「大丈夫です。私、本とパンがあれば、生きてゆけますから」
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