第15章 わたしの好きな無駄なこと

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ものは言いようだ。わたしに気を遣って言ってくれてるのかな、と思ったけど。高橋くんとしては必ずしも表面だけ言い繕うつもりで出てきた言葉ってわけでもないらしく、しみじみと実感を込めてわたしに言い聞かせる。 「向こうでは、一般家庭の家も他の設備もみんなそういう感覚で作ってあるじゃん。ずっと丁寧に直し直し使い続けるつもりだから、なるべく長持ちするように。いつか要らなくなって壊すことなんて最初から頭にない造りだし…。でもここ、現代の日本社会ではさ。何造るんでもとにかくスクラップアンドビルドがデフォルトの発想だから」 「スクラップ、…ああ。つまり、古くなったり要らなくなったら壊してまた新しいの建てればいい。ってことか…」 英語の意味から推測してわたしが納得して呟くと、高橋くんは中に突っ込まれてた紙と封筒の束を手にして箱の蓋を閉じ、深々と頷いてみせた。 「そう。不具合が出たらその都度調整したり直したりして可能な限り長く使い続けるって考えで作られてないから。二十年三十年経つと地面の上の建屋はどんなものでも基本無価値になる文化なんだよ。まあここなんかは立地としてはまあまあだから。多少建屋の年数が経っても人が入るから、まだだいぶましな方だけどね」 俺は集落の集合住宅の方が好きだよ。あの黒っぽい重厚な石造りのデザイン、かっこいいよね。と思い出したような顔つきになって嬉しそうに言ってくれるのはやっぱり優しさなのかな。 傍でわたしたちの会話を聞いていた神崎さんが、何だか羨ましそうに話に割って入ってきた。 「いいなぁ、俺も集落どんなとこかこの目で見てみたかったっすよ。一人しか潜入できないなんてまじで残念だった…。俺もついていけたらそれはそれなりに現地でも役に立ったと思うんだけどなぁ。どう思う、純架ちゃん?この三人で組んでチームで集落を調査しても。結構楽しくやれたんじゃないかと思わない?」 「仕方ないだろ、潜入方法からしても。カンちゃんはパラグライダーの免許ないじゃん。あの経路じゃなきゃ怪しまれずに集落には入り込めなかったんだから…」 そんなのタンデムしてくれりゃいいじゃん!とごねる神崎さんをいなして、わたしの方に向き直りエレベーターホールへと導いてくれる高橋くん。 「いやだって、素人をタンデムで乗せるのにもそれ専用の上級ライセンス必要だから。カンちゃんが考えてるほど簡単な技能ってわけじゃないんだよ。それにお前が外で待機してくれてなかったら。脱出するときどうすんだ?誰も船用意して迎えに来てくれないってことだよ?」 その台詞に思い出したような顔つきになって呻く神崎さん。 「あーそっかぁ…。それはまあ、そうなんだよなぁ…。全員が中に入っちゃって内側から箱を閉じたら、それを外から開けに来る人がいなくなるってのは。確かに、そうかぁ…」 全員? 「あの。…さっきからちょっと。気になってはいたんです、けど」 高橋くんに促され、今度は銀色の扉の前に立つ。彼がボタンを押すと両側にすっと開き、箱のような内側が見えて怖気づいた。 う。…もしかしてこれ、あれか。いわゆるエレベーター。 本当にこれ、上に動くの?乗っちゃって大丈夫?と、そっちに気を取られて質問の途中だったのに一瞬頭が留守になってしまった。もちろんTVや映画では普通に見てたから、存在は承知してるけど。…これって乗っても大丈夫なんだよね?中で閉じ込められてそのままずっと停まったりはしない? 彼ら二人があまりにも日常感丸出しで平然と乗り込むので、自分もそれに合わせて平気な風を装いながら意識を会話の方に振り向けて尋ねる。 「神崎さんが一緒に集落に来ちゃったら。外からサポートする人がいなくなる、ってことでしたよね?それって、同じ事務所の他の調査員は皆忙しくて余裕がない。…って意味?手が足りてないってこと、ですか?」 それとも、実働隊が少ないってことかな。あとは事務担当や見習いだけで、船を操縦できたりする実践派はさすがに限られてる。…ってこと? それはあり得るかも、とすぅーっと全身が床ごと上昇するたまらない違和感にむずむずしながら思わず隣りの高橋くんの腕にぎゅっと縋りながら懸命に頭の中で違うことを考えて耐えた。 彼はわたしが初めてのエレベーターの感触に必死で堪えてることを察したらしく、気持ちこっちに身を寄せてくれてすぐ終わるから。もう少し我慢してね、とごく小さな声で囁いてくれた。 「あれ。そっか、知らないんだ。純架ちゃんは」 神崎さんはそんな細かいところには気づかない様子で、ふわんと上昇する箱の中でもまるで頓着なくリラックスして壁に寄りかかりながらのんびりとした声を上げた。 「てか、うちの事務所って。そもそも二人だけだから、働いてるの。めっちゃ小規模所帯だよ。所長と調査員一名、それで全部。おしまい」 …ふぇ? ちん、と微かな音が鳴って足裏にずんと重力がかかる。その停まる感覚も耐えられない、というほどじゃないけど違和感満載でむずむずと悶絶した。同時にとんでもない台詞を聞いた気がして、何をどう反応していいか一瞬脳内がパニックになりそう。
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