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運命の変え方
ここ数年、友人たちの結婚が相次いだ。もちろん、早くに結婚した友人たちは、既に子を持ち、ママとしての道を歩んでいる。もはや、「独身を謳歌してるのよねぇ」なんて悠長なこと、言っていられなくなった。ただ、闇雲に焦ってみても、社員数の多くない中小企業に入社してしまったのが運の尽き。満足な出会いなんてあるはずもない。
仕事帰りにお酒でストレス発散。スマートフォンの連絡先を往復してみるも、そこには名字が変わった友人たちが並ぶ。自由な身を持て余すことが、どれだけ孤独なことかと痛感した。
行きつけのバーでひとり、散々っぱらマスターに愚痴をぶちまけた帰り道。とある店の軒先に佇む、路上占いの姿が目に留まった。目立つことを嫌うかのように肩を丸める占い師の男。あてのない手つきでカードを繰っている。
「あのぉ、占ってもらえますか?」
「もちろん」
呼気からアルコールのにおいを漂わせる女を、対面の小さな椅子へと手招いた。
「運命の人を占って欲しくて――」
「かしこまりました」
女が言い終わるのを待つことなく、早速といった様子で、男は手にしたカードをテーブルに並べていった。
「あのぉ、何か質問とかないの? 名前とか生年月日とか、男の好みとか……」
「特にありません」
「そのカードだけで?」
「はい」
淡泊なやり取りが続いたのち、男の手がピタッと止まる。沈黙のままカードを凝視する男。視線をゆっくりと女に向けながら、その口を開いた。
「あなたの運命の人は――」
答えを焦らすような素振りに、女は思わず前のめりになり、顔を突き出した。
「僕です」
これがバラエティ番組の収録だったら、きっとひな壇からズリ落ちていただろう。
「はぁ!? 占いを装った新手のナンパ?」
「いえ、カードが導いた答えによると、僕たちはそういう運命に――」
「ふざけないでよ!」
女心を弄ばれた気がして、怒りが込み上げた。腹いせに激しくテーブルを叩く。整列したカードが乱れ、狼狽する男。女は勢いよく椅子から立ち上がり、振り返ることなく、その場から立ち去った。
――ちょっと待って?
女がひらめいたのは、あの夜から数日後のことだった。
――あの占い師、私と年齢が近かったはず。顔だって悪くない。いや、中の上どころじゃない。上のランクに入るレベルの見た目だった。もしかして、チャンス……?
女はバーで軽めのカクテルを流し込んだあと、再び占い師のもとを訪れた。
「先日は怒って帰っちゃって、ごめんなさい」
「あっ、あの夜の」
「覚えていてくれたのね」
「も、もちろん。運命の人ですから」
その言葉を聞いた女は、勝ち誇った表情を浮かべた。
「あなたの占いが正しければ、あなたと私は運命の名のもとに結ばれてるってことよね。どうせ色恋の運命なんて、目移り、気変わりでコロコロ変わるものでしょう? でも、まぁいいや。それは信じましょう。運命のふたりが結ばれれば、幸せになれるってことよね?」
「ですね」
「じゃあ、私たち、結ばれましょう。ただし条件が――」
目を丸くする男をよそに、カバンをゴソゴソしはじめる女。そして、取り出した冊子を男の前に広げてみせた。
「運命と理想とはまた別の話。あなたはあくまで運命の人。私の理想の人じゃない。だから、あなたには理想の男になってもらいたいの」
そう言うと、女はとあるページを指さした。
「まずあなたには、占い師をやめてもらう。で、高収入が見込めるIT企業に就職してもらう。ちなみに、今の年収はいくら? まぁ、いいや。その身なりからして、それほど高収入じゃないでしょうね。
そう! 見た目もガラッと変えて欲しいの。確かにあなたは男前。友人に自慢できるレベル。でも、その辛気臭いイメージを変えてもらわないと、恥ずかしくて友だちに紹介できない。だから、こんな髪型に変えて欲しいの」
カバンからヘアカタログを取り出した女は、お気に入りのメンズモデルを指さしていく。
「あとね、服装も変えて。こんな感じに」
スマートフォンをタップし、オンラインショップのウェブサイトを開く。アウター、パンツ、靴、小物。次から次へと好みのファッションを指定していく女。
「安心して! お金は私が面倒見るから――独身女の稼ぎを甘く見てもらっちゃ困るわ」
やむことなく浴びせられる女の主張に、男はすっかり言葉を失っていた。
「運命ってものは既に定められたものなのかもしれない。でもね、逃れられない運命を自分好みにカスタムする権利だってあるはず。どうせ受け入れる定めなら、理想のカタチにしなきゃね!」
「っていう流れで結ばれたのが、私と夫なの」
会社の後輩を自宅に招いて食事を振る舞う女。脱独身を切望する後輩のために開いた、作戦会議と称した食事会だけに、女も饒舌だった。
「先輩らしい豪快な出会い方ですね……」
「若い頃は、そこかしこに出会いのチャンスが転がってる。棒に振っても気づかないくらいに。でも、若い頃とは違うの。強引に掴み取るくらいの気迫がないと、幸せなんて手にできないよ」
「私なんかに、できるかなぁ……」
「大丈夫!」
後輩の肩を優しく叩いた女は、何かを思いついたように席を立った。リビングに戻ってきた女は、元占い師の夫を連れてきた。照れた様子で会釈する男。はにかみながら後輩の女もそれに倣った。
「私、いいこと思いついたの! あなた、まだ占いできるよね? せっかく遊びに来てくれたんだし、彼女を占ってあげてよ」
「いいけど、彼女の何を?」
「決まってるじゃない。運命の人よ。彼女にもきっと約束された人がいるはず。私のように幸せになって欲しいのよ。だから彼女も結ばれて欲しいの――運命の人と」
女の強引な提案に急き立てられ、男はテーブルの上にカードを並べはじめた。
「生年月日とか伝えたほうが?」と、後輩。
「いいのいいの。うちの旦那の占いは、カードだけで答えが導き出せるから」隣で目を輝かせる女。
少しの沈黙のあと、男は遠慮がちに口を開いた。
「あなたの運命の人は――」
あの夜と同じように、もったいぶった口ぶり。女と後輩が固唾を飲む。
「僕です」
リビングには気まずい空気が充満した。
無言のまま女は立ち上がり、キッチンへと姿を消した。そして、戻ってきた女の手に握られていたのはハサミ。ふと見ると、男の小指から伸びた赤い糸が、後輩の女の小指に絡みついていた。
「ふん」
大げさに鼻を鳴らすと、女は迷うことなくハサミを限界まで広げ、憎き赤い糸をぶった斬った。
「運命なんて、私の手にかかれば簡単に変えられるんだからね」
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