穢れた地

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穢れた地

 ――東の果て。  山も大地も、空さえも黒く染まったその地は、『穢れた地』と呼ばれていた。  あらゆる生命が生きていけぬその地の奥深く。山肌に開いた穴から続く洞窟の中に女と忌み子はいた。  大きな洞だった。天井は高く、壁は遠い。四角に並んだ四本の燭台の他に物はなくがらんとしていた。燭台に灯された火が、黒い岩肌を艶やかに照らしている。  真ん中には泉があった。湧き立ちもせず流れもない静謐な泉には、墨のように真っ黒な水が湛えられている。  そのほとりに女は立っていた。ローブを脱ぎ、体を覆う布を取り払う。  一面が黒に染まる洞窟に、乳白の柔肌が現れる。それはまるで夜闇の只中に、儚く光る月が現れたかのよう。  一糸まとわぬ姿となった女が、泉の中へ歩を進める。白い体が黒い水の中へ消えてゆく。  泉の中心に立った。深くはない。その半身を沈めた女は天に向かって両手を広げ、祈るように目を閉じる。  ぽたりと、泉に雫が落ちた。  どろりと粘り気のある黒い液体が、女の体中からあふれ出る。目尻からは涙となって、口端からは涎となって、毛穴からは汗となって――全身の穴という穴から流れ出す。  次から次へとあふれ出す液体は、女の肌を伝って流れ落ち、泉の中に溶けていく。  常人であれば目を背けたくなるような光景を、忌み子はじっと見ていた。  女が何をしているかなどわからない。わかる必要もない。  この場所が何であろうと、女から流れ出る黒い液体が何であろうと、忌み子には関係ない。  ――女が世界を破滅させようとしているとしても、忌み子には関係ない。  ただ、女が傍にいればよかった。女の傍にいられたらよかった。  ただ、肉を喰らわせてくれればよかった。喰らう間、その手で優しく抱いてくれればよかった。  たとえ世界のすべてから忌み嫌われ、拒絶され、傷つけられたとしても。  この女さえいれば、自分は飢えることもなく、安堵することができるのだから。
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