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 負った傷を治し、失った血を取り戻すには、早急に肉を喰らう必要がある。そう考えた忌み子は、目の前に現れた肉を喰らうことにした。  女へ飛び掛かり、肩に深々と喰らいついた。牙を突き立て、鎖骨を噛み砕き、肉を食いちぎった。女の肉はみずみずしくて柔らかく、最高に美味かった。荒々しく咀嚼して飲み込み、次のひと口を喰らおうとしたとき、気づいた。  女は、声ひとつ上げない。身じろぎひとつしない。  左目に揺らぎはなく、口元は笑んだまま。  生きた肉に喰らいつき、悲鳴を上げぬ者はいなかった。誰もが泣き叫び、暴れに暴れた。  だが、この女は――。 「お腹が空いているのですね」  忌み子の頭に両手を回すと、そっと抱いた。  忌み子に言葉はわからない。しかし、恐怖や敵意は感じ取れる。  そして、女からはそういった負の感情は一切感じなかった。  女の手が忌み子の頭を優しく撫でる。我が身を喰われてなお慈愛を注ぐ女に抱かれ、忌み子は生まれて初めて動揺した。理解できない存在に出くわしたのは、初めてのことだった。  そこで、気づく。  今しがた喰らったはずの女の肩に、傷ひとつないことに。美しくて柔らかそうな白い肉が、再び肉付いていることに。 「何も怖くありません。好きなだけ食べなさい」  忌み子の頭を、女はそっと抱き寄せた。忌み子の口を、再生した肩へと押しつける。  動揺、戸惑い、驚き――忌み子の脳内を様々な感情が巡る。この得体の知れぬ女は何なのか。この肉を喰らっても大丈夫なのか。いますぐ逃げ出すべきではないのか。  湧き立つ食欲に抗えない。回復するために肉を求める渇望と、女の美味さを再び味わいたいという欲望に抗えない。  忌み子は、女を喰らった。体のあちこちに好き放題に噛みつき、味の違いを楽しみながら、(むさぼ)った。  貪り食われる間、女はただ、忌み子を優しく抱いていた。
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