2.ひとりごつ

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2.ひとりごつ

「おや、これは何だえ?」  定子が尋ねると、 諾子は「ご存知ないのですか?」と返しつつも、説明を始めた。  一条天皇ご自身も、漢詩や漢文を好まれる教養人として有名であったが、ある時、宮中で回し読みされていた和歌をご覧になり、しばし黙考されたかと思うと、「この和歌に思うところを自由に書き足したら面白いんじゃね?」と、まるで「夏だし花火でもやっとくべ」くらいの気軽さと気紛れで申されたのだった。  本人にとっては気紛れでも、天皇のお言葉とあっては無下にも出来ぬと、その日から宮中に出回る和歌や漢詩に、思い思いのコメントが付くようになったのだという。  元になる歌や詩、短文などは「ひとりごつ」と呼ばれるようになり、大いに宮中で流行ったのであった。ちなみに「ひとりごつ」とは、現代語にすると「つぶやく」くらいの意である。  折しも、かな文字文化が定着し、宮中の女性たちは身分に関係なく、自由に思うところを「ひとりごち」た。  コメントは匿名であったため、各々勝手気ままに書き散らかしたわけだが、褒めるものもあれば、貶すものもあるというのは、今も昔も変わりはしないのであった。
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