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4.紫式部
「シクシクシクシク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
掛け算をすると天文学的数字になるくらい、シクシクすすり泣いているのは、藤原香子(ふじわらのかおるこ)。後の紫式部である。
この頃はまだ、女孺(にょじゅ)という雑務をこなす下級官女であった。
同僚が「どうしたの?」と尋ねると、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を拭おうともせず、一枚の紙をつい、と差し出した。一目見るなり、宮中で流行りの「ひとりごつ」であることは明らかであったが、コメント欄にこれでもかとデカデカとした文字で、こんな事が書かれてあった。
”すずろにおよすけたるに ひんなきのいでたり”
現代語にすると、「なんだか地味で暗い上に 品のなさが出ていて草」のようなことだ。
幼い頃から文才を認められ、父親から「男に生まれていれば」と惜しまれるほどの才女であった香子にとって、このコメントは、屈辱以外の何物でもなかった。
たしかに目立つことは好まなかったが、それは今一つ自分の能力に自信が持てなかったからであって、地味である自覚はあったものの、暗いだの、よもや品がないなどと言われるとは、思ってもみなかったのだ。
そして、名は伏せてはあるものの、これまで嫌というほど目にした筆跡から、このエグいコメントを寄せたのが、清少納言であることを、香子は見抜いていた。
(本当に嫌味な女だこと。私とて、このまま黙っているものですか)
垂れ流した洟をズルズルとすすりながら、香子は心に誓うのであった。
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