4.紫式部

1/1
前へ
/8ページ
次へ

4.紫式部

「シクシクシクシク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  掛け算をすると天文学的数字になるくらい、シクシクすすり泣いているのは、藤原香子(ふじわらのかおるこ)。後の紫式部である。  この頃はまだ、女孺(にょじゅ)という雑務をこなす下級官女であった。  同僚が「どうしたの?」と尋ねると、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を拭おうともせず、一枚の紙をつい、と差し出した。一目見るなり、宮中で流行りの「ひとりごつ」であることは明らかであったが、コメント欄にこれでもかとデカデカとした文字で、こんな事が書かれてあった。 ”すずろにおよすけたるに ひんなきのいでたり”  現代語にすると、「なんだか地味で暗い上に 品のなさが出ていて草」のようなことだ。  幼い頃から文才を認められ、父親から「男に生まれていれば」と惜しまれるほどの才女であった香子にとって、このコメントは、屈辱以外の何物でもなかった。  たしかに目立つことは好まなかったが、それは今一つ自分の能力に自信が持てなかったからであって、地味である自覚はあったものの、暗いだの、よもや品がないなどと言われるとは、思ってもみなかったのだ。  そして、名は伏せてはあるものの、これまで嫌というほど目にした筆跡から、このエグいコメントを寄せたのが、清少納言であることを、香子は見抜いていた。 (本当に嫌味な女だこと。私とて、このまま黙っているものですか)  垂れ流した洟をズルズルとすすりながら、香子は心に誓うのであった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加