薬とリアのオスティナート

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薬の副作用で リアはほとんど話すことができなくなっていた。 久しぶりに聞いたリアの 低い声が柊斗の心臓をえぐる。 リアは可愛い女の子なんかじゃない。 「しゅうとっ!」 低く響く慣れ親しんだその声に思わず顔を上げると いじらしく見つめるリアが・・ あまりにも不安気にこちらを見ているリアに 胸が痛む・・ 柊斗の胸に重く広がっていく痛み・・ それは次第に呼吸を支配し・・苦しくて・・・ 耐え切れない・・ 柊斗はリアに向かって・・ と、素早く女の手が柊斗の手首を掴み引き止めた。 止められた動きと諦めのつかない女の視線。 絡みつく甘さが鬱陶しくて 柊斗の嫌悪感はむき出しになっていた。 鋭い視線が女に突き刺さる。 女は柊斗が時折見せる優しい笑顔が 自分のものになると信じていた。 その笑顔はリアへの隠し切れない優しさが 冷たい柊斗の顔を陽だまりに変えていたに過ぎないのに。 想像だにしなかった冷たい表情が 女を触発する。 「なんなの? なんなのよ!?」 勝手に興奮して後退りすると 通りの垣根に足を引っ掛けて仰向けに倒れ込んだ。 鈍い音と共に静寂の幕が降りた。 打ちどころが悪かったのだろうか。 女は動かない。 女の息が徐々に細くなっていくのがわかる。 と、その時 リアが素早く動いて 女の口に一粒、ねじ込んだ。 女は本能的にこくりと飲み込むと たちまち呼吸がしっかりしてきた。 リアの薬は生命維持薬であり 即効性がある。 だからこそ、1日1回1粒と決められていた。 と、女は目を覚まし 柊斗に八つ当たりをしている。 八つ当たりしたところで 自分で勝手に転んだ事実は変わらない。 リアは少しづつ、その場を離れると 角を曲がって物陰に隠れた。 このタイミングで薬の効果が切れていくとは・・ だるい・・ リアの体はうまく動かなくなっていった。 薄れゆく意識の中でリアは思い起こしていた。 久々に見る柊斗のホッとした柔らかい表情・・ 柊斗の力になれた・・ リアの体は、底のない沼に飲まれていくように ゆっくりと沈んでいく。 もう、どうでもよかった・・ リアの心は充足感で満ちていたから・・ その時、不意に肩を掴まれた。 「薬! あの薬だろ!」 冷たい顔の割にはハイトーンの声 「なんでだよ!」 掴まれた肩が引き寄せられる。 柊斗の温かな広い肩が 華奢で冷たいリアの身体を包みこむ。 声にならないリアの声が ため息となり二人の間に溶けてゆく。 「なんでいつもそうなんだよ。」 柊斗の澄んだ声が耳をくすぐる。 「俺のせいで傷つくな」 柊斗・・泣いてるの? 泣かないで・・ リアの意識は薄く霞のように白濁とした世界に落ちていった。 抱きしめるリアの力が抜けていくのがわかる。 腕の中で壊れてしまいそうな細い身体・・ 人形のように美しいリアといたいなんて 思ったことなんてなかった。 イタズラが大好きで ケラケラ声を出して笑う。 誰よりも大きな目が 糸のように細くなって くちゃくちゃに笑う 笑上戸のリア 怒ると泣きながら叩いてきて・・ それがたまらなく 愛しくて・・ あれから・・ ・・・どれくらいの時が流れたのだろう。 柊斗は薬を開発していた。 何回目かの薬の投与が 先ほど行われた。 柊斗の薬が徐々に全身を巡り 静かに開く瞼が じっと様子を見守る柊斗を捉えた。 透けるような白い肌から 一筋の光が走るように開いた瞼から 純度の高いガラスのような綺麗な瞳が見える。 「年取ったな。」 低い声がイタズラっぽく言葉を落とす。 そう言ったリアは ゆっくりと世界で一番幸せそうな笑顔で 「ありがとう」 と、一言いうと 静かに目を閉じた。 何回目だろう。 何度と繰り返す 薬の投与と一瞬の目覚め。 柊斗は再び 薬の開発を始めるのであった。
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