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「この辺でいいかな」
足を止めると健太朗は私に目配せした。
サドルに跨がり、私の鞄を受け取ってカゴに入れる。私はちらっと辺りを見回して、横向きで荷台に腰を下ろした。
「掴まってろ」
彼の腰に腕を回し、その背中に体を預けた。
頬に感じる温もりが、私の渇いた心を潤してくれる。
ここから緩やかな下り坂になる。
爽やかな風が私たちの間を渡っていく。
風向きを味方につけて私はそっと呟いた。
「好き…」
小さな声は風に拐われてあっという間に遠ざかり、決して彼には届かない。
その代わりに私は腕に力を込めた。
彼が私を振り向いて尋ねる。
「怖い?」
「…少しね」
優しい勘違いに視界が潤む。
今はそういうことにしておこう。
少しでも長く一緒にいたいけど、こうして彼に触れることが出来るのも嬉しかった。
途中、木陰のトンネルを抜けた。
昼間の蝉しぐれは相変わらず賑やかだが、歌い手は変わり、夏休みの初めとは違う声が聞こえてくる。
いっそ彼らのように大声で謳い潔く死ねたら、少しは私の人生もマシなものに思えるだろう。
路上に仰向けに転がる蝉を見るたび、そう考える。
坂を下りきっていくつか角を曲がると、私の家にたどり着く。
保育園から幼なじみの距離で過ごしてきた私たち。このバランスを崩したくないと思うのは、私が臆病だから。彼の優しさを失うくらいなら、友達のままでいた方がいい。
でも、この夏は勇気を出して彼を花火大会に誘った。
8月の終わりに行われる花火は、どこかもの寂しい。
だけど、澄んだ星空に打ち上げられる華は、夏の夜空のそれよりも色鮮やかで、瞼の裏にいつまでも残っているような気がして、私はとても好きだった。
『僕も話があるんだ。必ず行くよ。楽しみにしてる』
話したいこと…
何だろう
健太朗の言葉に少しドキドキしながらも、私はその日を待ちわびていた。
「送ってくれてありがとう」
「じゃあ、土曜日にな。絶対来いよ」
「うん」
私は手を振って彼を見送る。
ものの数秒で自宅の前に着いた健太朗が、振り返って手を挙げた。私は彼にだけ伝わるように小さく微笑んだ。
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