あの土曜日からはじめよう

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 土曜日の夕方、私は焦っていた。 彼との約束に遅れそうだったからだ。 本当は着ていきたい服があったのに、気がついたら時間が迫っていたので、ジーンズにスニーカーだった。だけど、そのおかげで全力で走れた気がする。 息を切らして、健太朗が待つ公園にたどり着いた。 ここは私たちが昔からよく一緒に遊んでいた場所だけど、今でもふたりで夜中に来ることがある。 眠れない私に、健太朗はいつも付き合ってくれた。 『例えば、川を渡れなくて困ってる人がいたら、どうする?』 『一緒に泳ぐよ』 『渡りきる前に溺れたら?』 『そっか。じゃあ、船を出そう』 2つのブランコをベンチ代わりに占領して、静かな空間でとりとめのない話をしていると、彼と夜の中に吸い込まれていくような気持ちになる。 そうなったらどんなにいいだろう。 大嫌いな自分を気にすることなく、彼のことだけを考えればいい。瞳を見つめて笑みを返し、彼の声を聞いているだけで、私はきっと他に何も()らないくらい幸せな気持ちになる。 木陰で彼が私を待っていた。 『ごめん。遅くなって』 私が近づいても、彼は顔を上げずにスマホの画面を覗いている。聞こえないのかと思い、少し大きな声を出して彼を呼んだ。 『健太朗』 音楽でも聞いてるのかな? もっと大声を出そうと息を吸い込んだ時、彼がやっと顔を上げた。私はほっとして彼に微笑んだが、視線が合わなかった。彼には私が見えていないようだった。 自分が透明にでもなったのかと不安になったが、履き慣れたジーンズにスニーカーの足元はちゃんと見えている。頬に手を当てると細面の尖った輪郭が触れた。 『健ちゃん!』 健太朗の髪が、風に揺れた。 さっきよりも大きな声で呼んだのに、やっぱり彼には届かない。 私がここにいることを、どうやって彼に伝えよう。 …そもそも これは現実なんだろうか 彼は実際に待ち合わせの場所にいるのに、私に起こってることは夢の中の出来事みたいだ。
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