あの土曜日からはじめよう

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「何か飲むもの買ってくるよ。健ちゃんもいるかい?」 「はい。ありがとうございます」 お祖母さんがよっこらしょと立ち上がり、ドアを開けて出ていった。 静まり返った部屋に、心電図モニターの音だけが聞こえてくる。 陽向がずっと何かを抱えているのはわかっていた。 それなのに守りたい気持ちだけが空回りして、自分に何が出来るのか思いつかなかった。 自分を隠すように前髪を伸ばして、僕に見せる笑顔でさえも憂いを帯びている。教室でぽつんと独りですごす姿を見たくなくて、暇を見てはちょっかいを出して、帰りには必ず声をかけた。 「眠れない」と言われれば、朝まで話に付き合った。 『、また元に戻っちゃった』 夢の中で陽向が自分を指した言葉で、ようやくその苦しみに気がついた。本人も持て余していたんだ。 だけど、もう十分頑張ったよ。 僕に全部話してくれ 僕も君に 伝えたいことがある ぼんやり陽向の顔を見ていた僕の耳にも、電子音のリズムが変わったのが聞こえてきた。 急いでモニター画面に目をやった。 心拍数が少し上がっている。 「陽向…」 の指先が、何かを掴もうとするように小さく震えていた。 『会いたい』 (かす)かだけど、彼の声が聞こえた気がした。 「陽向!」 僕は夢中でナースコールのボタンを押した。 握る手にいっそう力をを込めた。 「戻っておいで、陽向。眠れない夜は、僕がそばにいるから。渡れない川があったら、僕が船を作るから。絶対に沈まない船だ。どこまでも一緒に行けるよ」 陽向の閉じた目尻から、涙が一筋流れていった。 「そうだよ。僕はここにいるから。早くおいで」 両手で陽向の手を握りしめ、僕はその指先に口づけた。 彼が戻ってきたら、あの土曜日からやり直そう。 花火はまた来年見られる。 新しい僕たちの日々を始めよう。 僕は彼の頬にも唇を触れて、涙を拭った。 (つぼみ)が人知れず花開くように、陽向の瞼がゆっくり開いた。 その瞳に僕を映して、彼は微笑んだ。
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