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 夏になると思い出す  あなたが川の事故でいなくなった日のことを――……  8月20日  春花が杉山仁と付き合う3週間前。  真っ青な空に真っ白な入道雲がそびえ、肌に痛みを感じるほどの陽光が降り注いでいた。  せわしないセミの鳴き声が蒸し暑さを助長させる。  日傘を畳んだ羽鳥春花は、東宮(とうみや)家の墓の前にしゃがんで花束を置き、線香を焚くと、手を合わせて目を閉じた。 【(あか)くん、あなたがいなくなってから15年が経ちました。もし生きていたらきっと素敵な大人になっていたことでしょう】  朱は15年前の夏休みに帰らぬ人となった。春花が10歳の時のことである。  春花の脳裏には今でも朱の笑顔が鮮明に焼き付いており、同時に彼が春花にしか見せなかった子どもらしさも思い出される。  朱の弟である義翔(よしと)も含め、周りは朱のことを『大人顔負けの完成された子ども』だと思い込んでいた。  それは朱が弟の義翔の面倒をよく見るからとかそういう理由だけでは無く、どこか達観しており、物静かで周囲への気配りを欠くことの無い、白清廉潔(せいれんけっぱく)な洗練された雰囲気があったからだ。  朱は時折哲学的なことを言うことがあり、朱が亡くなってから繰り返し思い出すようになった――まるで遺言のような――その言葉を言った時のことを、春花は手を合わせ目を閉じながらいつものように思い出していた。  15年前、都心から離れた高級住宅街に住んでいた春花たちは、夜になれば東京といえども星を見ることができた。  春花は星が大好きだった。  家には大きな天体望遠鏡もあった。  毎晩どれだけ星を見ても飽きることがなかった。    朱が亡くなるちょうど1週間前の夜、春花の家のベランダで幼なじみの4人でオリオン座の観測をした。  そのときに朱が言った。 「僕たちの身体は星屑で出来ている。とはよく聞く言葉だ」  義翔がきょとんとした顔で「初耳だけど」と言うと、朱は微笑を浮かべて落ち着いた声で答えた。 「1度も聞かずに生涯を終える人もいる」  すると相田仁(あいだじん)が不満そうに言った。 「そんなの『よく聞く』になんねーじゃん」 「そうだね。じゃぁ『聞く人ぞ聞く』ということにしよう」  朱は微笑みながら落ち着いた声でそう言うと再び夜空を見上げた。 「巨大な年老いた星の中心ではケイ素や鉄などの僕たち人間にとって重要な元素の多くが作られる。その星が死を迎えて超新星爆発を起こすと金、銀、銅、プラチナ、ウランなどを宇宙空間にまき散らし、新しい星が生まれる材料となる」  相田仁は眉を寄せた。 「何言ってんのか分かんね―」 「簡潔に言うと人間をはじめ生命の元素は星の中でつくられるということだ。死んだら星になるって言うけどあながち間違いじゃないのかもな」  眉がしらを上げて微笑む朱に春花は感動しながら言った。 「それって星もわたし達も他の生き物も全て繋がっているってこと!?」 「そう、僕たちは全て繋がってるんだ。繋がっているから死しても尚他の生命の誕生の糧となる。だから死は皆が思うほど恐れるものではないのかも知れないね」  そんなやり取りを思い出しながら墓の前で目を閉じて手を合わせていた春花は【朱くんも星になったのかな?】などと考え、キュッと胸が締め付けられ、やるせない気持ちになった。 【一緒に大人になりたかった……】  朱は永遠に子どものままだ。  なのに記憶の中の朱に未だときめくのは子どもの頃の春花の気持ちが生きているからなのか、無意識に大人になった朱を求めているからなのか、春花自身にも分からない。  そのとき不意に階段を上る足音がして、春花は閉じていた目を開けると、階段のほうへ振り向いた。  そこには朱の弟である義翔が花束を持って立っていた。 「春花ちゃん今年も来てくれたんだ」  春花と同じ学年の義翔は、クリッとした人懐っこい目を細め、あどけない笑顔を見せた。  義翔は朱と兄弟ではあるが、義翔は父親似、朱は母親似ということもあり、全く似ていない。似ていないが、東宮家の夫妻は美男美女であるが故に義翔と朱はそれぞれタイプの違う美形ではあった。  義翔は春花の隣にしゃがみ、春花が持って来た花束の横に花束を並べて置くと、目を閉じて手を合わせた。 【俺、兄ちゃんの代わりに東宮グループの跡取りとして頑張ってるから】  優しくて賢くて大好きだった兄の姿が脳裏を過ぎると、切なくて苦しくて悲しくてどうしようもない気持ちに押しつぶされそうになる。  目を開けた義翔は、墓石を見つめながらポツリと言った。 「仁のやつ今まで1回も墓参り来てないよな」  春花はその名前にビクッと身体が揺れた。 「……場所が分からないのかも?」 「俺たちに聞きに来ればいいじゃん。仲良かったんだからさ。……でもあいつ兄ちゃんが死ぬ数日前から兄ちゃんにやたら突っかかってたよな……」  義翔はそこまで言うと口をつぐんだ。  春花には義翔の言いたいことが分かった。何故なら春花もなんとなくそう思っているからだ。 ――朱が死んだのは川の事故ではなく、仁に殺されたのではないか――?と。  相田仁は朱が亡くなる1週間前からやたら朱に突っかかっていた。そして亡くなる当日に2人が一緒にいる所を春花が目撃している。  加えて夏休み明けに仁は転校して姿を消していた。  幼なじみで仲が良かった義翔と春花に何も言わずに。
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