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幼馴染の二人は結婚の約束を交わした。
屋敷の庭で、少年が母の裁縫箱で見つけた指貫を、指輪がわりに差し出した。
使用人の少女は喜び、それを受け取ると二人は絶対に結婚しようね、と笑い合った。
時は経ち、少年は青年になり屋敷の後継として親の決めた相手と結婚することになった。指貫きを送られた少女から成長した女は、青年の婚約に胸を痛めたが、せめてもの祝いにと思い、送られた指貫きで青年に式服を仕立てた。
結婚してから数年経ち、家業が傾いた青年の元から妻は去っていった。使用人が一人、また一人と去っていき、指貫きの女もとうとう屋敷を去った。
幼い頃もらった指貫きを常に見ていたい、その想いから女はお針子として身を立てることを決め、一人、また一人とお客を増やしていった。毎日針を使う女の手はふしくれだって、いつの間にか指貫きが外せないほどごつごつした手になっていた。
何年も経ち、相変わらず一人で暮らしていた女は、それでも幼い日の少年との婚約を忘れていなかった。そんなある日、一人の物乞いが現れて一晩の宿と食事をくれないかと言った。こころよく部屋を貸してやる女へお礼にと、物乞いは指輪を渡した。物乞いが言うには、これは自分の過ちの証の指輪で、何年も肌身離さず持っていたが自分にはもう必要ない。自分は初めに渡す相手を間違えてしまったし、本当に渡したかった人はもういない、これからどこからも一番遠い場所で彼女がくるのを待つつもりだから、この指輪はあなたにあげて行こうと思う。
女が物乞いをよく見ると、確かに昔婚約を交わした相手だった。ためらいながらも女は正体を明かした。もしかしたら私が、初めに指輪をもらうはずだった人ではありませんか、と。物乞いになっていた男の方も、自分が指貫きをあげた女だと気がつき、涙を流して喜んだ。
もう一度やり直したい、自分からこの指輪を受け取ってくれないか、という男に、しかし女は首を振った。そしてがっかりする男にこう言うのだった。
結婚指輪なら、もうあなたからもらっていますよ。
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