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10話:レギオン結成③
「ええ、大丈夫。勉強も訓練も問題ありません」
日曜日の朝。葉風は育ちの故郷にあるニブルヘイムにいる両親と広域魔法通信で会話をしていた。
両親の顔は本当に心配そうで、申し訳なくなる。
葉風は「才能のある中の落ちこぼれ」と呼ばれる存在だった。上の姉は正真正銘の天才で、下の妹も頭角を表している。ただ葉風だけが才能はあるものの見劣りするから出来損ない扱いされていた。
だから転校を申し出た。故郷のニブルヘイムを離れて、ユグドラシル魔法学園に転校したいと言った。それで国際問題になりかけたのだが、それは別の話。
両親は故郷を離れる葉風をとても心配していた。
『本当に大丈夫か?』
『もし、大変だったら帰ってきても良いのよ? 姉さん達も心配していたわ』
(帰ってもどうせ後ろ指を指されるし)
葉風は落ちこぼれだと自身を認識している。そんなやつが周囲の目を気にして転校して、適応できなかったから帰りますなんて言った日にはどんな目にあうか分からない。
それに姉さん達という言葉に心は暗くなる。
両親は純粋に心配してくれているよだろうが、それは葉風が姉と妹と違って劣っていると思っているからだ。
無意識に見下されている。それが両親の気遣いが辛かった。
「うん、大丈夫だから。心配しないで」
両親の愛を疑っているわけではない。
両親や姉や妹が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
だけど無意識に現れるその気遣いが葉風を苦しめた。
ユグドラシル魔法学園も十分名門であり胸を張れる学校だ。そこに入学を許されたという事は葉風も優秀だということになる。しかし姉と妹は更に優秀だった。
「葉風、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。大丈夫、ユグドラシル魔法学園でもやっていけてるよ」
葉風は心の中で自嘲する。
(姉さん達とは違う内向的な性格のせいであまり友達いないけどね)
社交的な姉や妹と違って、葉風の性格は大人しく何も言えないタイプだ。相手を傷つけないか、怒らせないかを考えすぎて言葉が出てこず、そして黙ってしまって会話が続かない。更に額に皺がよる癖が荒さで怒っているように勘違いされて話しかけれることも少なくなる。
葉風は広域魔法通信を切ってため息をついた。
庭に出ると、愛花がベンチに腰掛けて本を読んでいた。部屋から出てきた葉風に気づいて愛花は笑顔を見せる。
「ご家族との電話は終わりましたか?」
「うん、ごめんね。外出させちゃって」
「気にしないでください。他人がいては個人的な話はできないでしょう」
「別に部屋に居てくれてもよかったのに」
そこで葉風はしまった、と思う。ここはありがとうと言ったほうがよかったが、と後悔する。
とにかく話題を変えようと、愛花の読んでいる本に焦点を当てる。
「何の本を読んでいるの?」
「レギオンの戦術教本です」
「レギオン? 誘いを受けたの?」
「いえ、そういうわけではないですが」
愛花は正義感が強く、一度決めたら突き通す意志の強さがある。それは長所であると同時に短所であり、和を乱す要因になることもしばしばある。だからこそ成績優秀なれどもレギオンの誘いはなかったと記憶していた。
「マネッティアさんをご存知ですか?」
「うん、訓練で同じチームだったし、あの事故も一緒にいたから」
「彼女、まだクローバー様のレギオンのメンバーを募集しているんです」
「へぇ」
それは葉風にとって少し驚くべきことだった。
あの事故、ラプラス発動に伴うスキルの強制発動によって暴走。マネッティアは重傷を負った。その事故を引き起こした張本人の為にレギオンを作ろうというのだ。
それはなんとも勇気があるというか、なんというか。
「葉風さんは彼女と話した事はありますか?」
「ううん、殆どない。クラスも違うし」
「私もあまり話した事はないですが、クローバー様のことを慕っている様子でした」
でなければ姉妹誓約の契りを結ぼうとも、その為に事故にあった後もレギオン作ることもないだろう。
「そのマネッティアさんがどうかしたの?」
「マネッティアさんの慕うクローバー様。マネッティアさんにクローバー様の悪い噂を上級生の方が言っている場面に遭遇しました。自分を救ってくれたクローバー様を信じる姿、とても好ましかったです」
「そう」
マネッティアのことをあまり知らないので適当な相槌を打つことしかできない。
「クローバー様の良い噂と悪い噂、知っていますか?」
「え、あ、うん。幸運のクローバーと、扇動者の噂だよね」
「はい。彼女は人を生かす為に全てを使う。だから彼女と共に戦った人達は幸運のクローバーと尊敬の眼差しを向ける。そして同時に、味方にもそれを強制させる。諦めるのを許さないそのスタイルは、扇動者として侮蔑の視線を向けられても仕方のないものです。スキルで操っているのですから」
「あの事故の起きた戦いの時も、自分が自分じゃないみたいだった。確かにあれを怖がる人がいるのも仕方ないと思う」
「ですが私は、自分の目的の為に自分の持ち得る全てを使うクローバー様の姿に尊敬をするのです。そして使われて重傷を負っても命を救われた恩を忘れないシノアさんにも尊敬します」
魔導士はいつ死ぬかわからない存在だ。だからこそ出来る限りの全てを使って最善を選ぶ努力をしている。その中にも縁起を重視する魔導士もいる。それがルーチンワークになり精神安定剤となるのだ。
葉風にはクローバーを尊敬すると同時に怖がる人たちの気持ちも理解できた。自分の思った最善と真昼の最善が一致するとは限らない。クローバーが余計なことをしたせいで死ぬ可能性があると考えれば、ラプラスの支配は味方にいるのは怖いスキルではあるのだ。
「私は決めました!」
「何を?」
「マネッティアさん、ひいてはクローバー様のレギオンに参加いたします! そしてより強いレギオンとなって、故郷への大規模遠征を実現させます!」
そうと決めた愛花の行動は早かった。すぐにマネッティア達を探して、接触して、話を通した。
「本当? 私達のレギオンに入ってくれるの?」
「はい。是非とも」
「それはとてもありがたいわ。ありがとう」
「ご了承いただけて嬉しいですわ」
愛花はにっこりと笑って言う。
「愛花さんほどの人が加入してくれるのはとてもも心強いわ」
何となくついてきた葉風は愛花が歓迎されているのを見て、少しだけモヤっとした気持ちと感心をしていた。
「ところで、後ろにいる方も加入希望者かしら?」
シノアが愛花の後ろに立つ葉風に話を振ってきた。マネッティア一同の視線が葉風に集まる。
「あ、あの。私」
言葉が出て来ない。
「私は」
何か答えなくてはいけないのだが、葉風自身は別にマネッティア達のレギオンに入る必要はなかった。かといって他のレギオンのあてもなかった。ただ本当についてきただけだった。
愛花も振り返り、赤と金の瞳が葉風を見つめる。
(でも、愛花がいるなら)
クローバー様のように色々なレギオンに入り活躍する臨時補充隊員のようになれる自信はない。だからレギオンには入ることになるのだが、どうせなら愛花がいるこのレギオンに流れで入ってしまおう、と思った。
見るとマネッティアも期待した瞳で葉風を見ている。
「私」
マネッティア達のレギオンに入る、と言おうとした時に愛花が先に口を開いた。
「彼女は付き添いです。レギオンの加入は未定だそうです」
「そうなの、残念ね」
愛花から放たれたその言葉は明確な拒絶のように感じられた。自分の意思ではなく流れで入るのは許さない、そんな愛花の思いを感じたのだ。
愛花は葉風から視線を外して、笑う。
「メンバーも大切ですが、私はレギオンの戦術に興味があります。もし宜しければ次の訓練から参加させてもらえませんか?」
「ええ、勿論。といってもまだ全然決まってないのだけれど」
「まずはスキルを確認して役割分担からですわね」
「そうね、スキルによって左右される状況は多いわ」
レギオンの話になってしまい、葉風は居心地が悪くなる。
「じゃあ、私はこれで」
「ええ、また」
落ち込みながら、同時に安心した気分で葉風は背を見せた。
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