14話:レギオン結成⑧

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14話:レギオン結成⑧

 放課後、マネッティアはレギオンのみんなに胡蝶について話した。 「胡蝶さん、中等部から広く知られている魔導士ですね」  愛花が曇り顔で言う。ルドベキアもそれに同調する。 「悪い意味で、ですけどね」 「悪い意味というと、あの噂のことね」 「はい、GE.HE.NA.の強化魔導士の噂です」  ユグドラシル魔導学園では反GE.HE.NA.を掲げて、実験体を保護することが多くある。一部には過去にGE.HE.NA.に人体実験をされた強化魔導士だけのレギオンがあるくらいだ。  彼女達は、良くも悪くも触り辛く嫌厭される運命にある。 「ちょうどよろしいですわ、ルドベキアさん、実際のところいかがなものなのでしょうか?」 「へぇ!? ど、どうして私にお聞きになるの!?」  愛花からのパスでルドベキアは狼狽する。 「実は私、中等部時代に貴重さんに直接伺ったことがあるのです。その噂は本当なのか、困っていることはないか、力になれることはないか、と」 「度胸あるね、愛花らしい」  隣にいる葉風が感心と呆れを半分づつ足したような声を漏らす。 「ええ、ですが、放っておいてくれ、と言われてなんのお力にもなれませんでした。ですけどルドベキアさんからご存じではないんですか? 対モンスター研究なら、あなたの家でもしているでしょう」 「そ、それは  ルドベキアは困り顔で唸った後、しぶしぶと言った様子で答えた。 「知っていますわ。私はお嬢様ですからね。そういった情報は手に入ります。端的に言って事実です。胡蝶さんがGE.HE.NA.で人体実験を受けていたという話は」  投薬実験。  モンスター細胞の移植。  極限状態での戦闘訓練。  スキルの後天的獲得。  モンスター化した人間の後始末。  それらを非人道的な倫理観を超越した次元で行われていた。 「そ、そんなの許されるの?」  葉風がつぶやくと、代わって愛花が答える。 「強化人間計画自体は例があります。男性の強化、機械化、生体強化など多岐に渡りますが、モンスターが現れた際には各国が総力を上げて研究に励んでいたと」 「今では倫理面やら利権の関係で多くの国家で禁止されています」 「ならどうして胡蝶さんは実験を?」  ルドベキアが言い辛そうに苦い顔をする。 「簡単に言えば、戦争犯罪者の娘、だからですわ」 「戦争犯罪者?」 「はい。胡蝶様のお父様はGE.HE.NA.に所属していましたが、ある時モンスターと内通していたのが発覚していたのです」  ええ!? と驚く声が響いた。 「そんな事ってできるの? モンスターって知能があるの?」 「ごく稀に社会性や意思の持つ個体は確認されています。もし好意的に考えるなら、そういった個体を増やして人類との共存を目指したのかもしれませんね」 「しかし現在はモンスターと生存競争の真っ最中、そんな計画を一人でやろうとすれば」 「当然、処罰されます。その罪を受けて、娘の胡蝶さんはGE.HE.NA.管轄となり強化人間計画に参加することなりました」 「お父様の罪を、家族もろとも償わせるなんて酷い話ね」 「魔導士の才能がある胡蝶さんを逃したくなかったのでしょうね」 「胡蝶さんのお父様はGE.HE.NA.の研究に異議を唱えていたとも聞きます。口封じとも取れますね」 「でもユグドラシル魔導学園で生活しているということは実験体としての生活からは解放されている、と考えて良いのよね?」  マネッティアの言葉にルドベキアは頷く。 「はい。ユグドラシルの何人かの有力者で助け出したとか」 「なら彼女は自由な身ということ」 「いいえ、できたのは生体実験の中止まで。GE.HE.NA.の協力自体はまだ……」  そこでユグドラシル魔導学園のキャンパス内にモンスター来襲を知らせる警報が鳴り響いた。スモール級やミドル級が出たくらいならこんな大きな警報は鳴らない。  ギガント級まで見据えた大規模襲撃が行われているサインだ。  校内放送で各レギオンで、出撃要請が通達される。そして端末にはその担当地区のメンバーが表示されていた。  クローバー 出撃中  胡蝶 出撃中  クローバーは自身を研究対象して作成した『バトルクロス・UCモデル』を纏っていた。  バトルクロスは魔導杖とは別に魔力を流すことで高機動、防御力強化を図る装備だ。  これは廃れた技術とされている。魔力の消費が大きすぎるのだ。ならば魔導杖に魔力を全てつぎ込んで、防御結界で攻撃を軽減した方が良いと魔導士の装備は軽量化されていった。  このUCモデルは第三世代のクラウドコントロールシステムが組み込まれた。杖と剣が分離され、また第四世代の精神直結システムを採用して、シールドファンネルにガトリングを搭載している。  シールドファンネルは空中を浮遊して攻撃を防御するのと同時に、ガドリングで敵を粉砕できる。  欠陥として使用中は頭痛と吐き気、また魔力の大量消費が課題となっている。 「クローバー、UCモデル。出撃します」 「胡蝶、いくよ」  市内に大量のミドル級スモール級モンスターが発生していて住民達を襲っている。またモンスターを転送させるワープホールであるケイブは大型で、ラージ級の出現が確認されている。 「行け、シールドファンネル!」  激しい頭痛が真昼の脳内を襲った。シールドファンネルは空中からガトリングでモンスター達を穴だらけして殲滅していく。  その殲滅速度に鶴沙は驚いたような声を上げる。 「すごい」 「頭、いったい」 「鼻血出てるよ」  そう言って、テッシュでクローバーの鼻血を拭いてくれる。 「ありがとう」 「別に。このスピードならアンタ一人で片付きそうだね」 「取り逃がしがないようにしないとね」  戦況は優勢だった。航空優勢からのガトリングによる掃射は小さいな個体を粉砕していく。ラージ級もクローバーの魔導杖による長距離砲撃で一撃で沈む。  しかしそれをするクローバーの額には大きな汗粒が浮かんでおり、疲労は相当なものだと予想できる。 「ごめん、もうダメかも」 「わかった。撤退して。あとは私がやる」  残ったのはラージ級が二体。油断できない相手だが、勝てない相手でもない。クローバーは馬車に格納されて、装備がとり外れていく。そして薬が投与されるのを見ながら、胡蝶は不思議に思う。 (あんなボロボロになって研究に貢献したって、どうせ私たちのことなんて実験体としか思ってないのにどうして頑張るの)  胡蝶はラージ級に向かって突撃した。熱線を避けて、まずは相手の機動力から削っていく為に足を削っていく。魔導杖で切り飛ばして、離脱を繰り返して持久戦に持ち込む。  そこで耳につけていた通信魔法に男の声が響く。 『市街地での戦闘は控えろ。まだ住民が残っている。近くに広場がある。南方だ。そこまで誘導してくれ』 「了解」  胡蝶は一定の距離を保ちつつ、魔導杖をシューティングモードに切り替えて攻撃して相手を引き寄せる。近づきすれば攻撃が直撃する可能性があるし、遠ければ敵が別の方向へ行きかねない。  適切な距離を保つ必要があった。  その時だった。  背後から強烈な衝撃が走って、胡蝶は地面に叩きつけられた。地面がひび割れて体が岩盤に沈む。全身の骨が折れたような錯覚に陥った。そして同時に実験の成果で得た後天的なスキル・リジェネーターが発動して傷が修復され始める。  ゆっくりと立ち上がり背後を見ると、そこにはラージ級のモンスターがいた。三体目のラージ級だ。そして残りの二体に追いつかれる。そして熱線で腹を貫かれ、頭を腕で殴り飛ばされ、足を持って縦に引き裂かれた。  大量の血液が飛び散る。  モンスター達はそれを楽しむように胡蝶を痛めつけ始める。顔をじっくりと熱線で焼いたり、体を地面に何度も叩きつけたり、ゆっくりと加重をして押し潰していく。 (痛い、痛い、痛い)  GE.HE.NA.の倫理を超えた実験は胡蝶を不死身に近い戦士に作り上げていた。何度攻撃しても死なない胡蝶にモンスター達も疑問を持ち始める。 (傷が回復するからって、痛くないわけじゃないのよね)  誰からも愛されず、触れ合わず、使われる。  そんな無価値な人生に胡蝶は疲れていた。  もう死んでしまいたい。  死にたくない。  楽しい人生を生きたい。  誰か助けてほしい。  それが叶わないならいっそ死んで……。  死にたくない、という本能的な思いと、死にたい、という自暴自棄に矛盾した思考が入り混じっていた。  モンスターが熱線を準備する。 「お前なら、私を殺せる?」 「いいえ、死なないわ。貴方は私達のレギオンのメンバーになるのだもの」  ガギィン!! と音が響いて三体のラージ級が吹き飛んだ。  胡蝶が瞼を開くと、そこには魔導杖を持ったマネッティアが立っていた。 「どうしたのかしら、バナナの皮で転んだの?」 「食堂でのアレ、まだ続いていたの」 「勿論、言ったでしょう。貴方は私達のレギオンに入りたがっている。バナナの皮のように皮で本音が見れないだけだって。それで、皮は剥けたかしら?」 「ああ、うん。わかった、わかった。入る。入るよ。面倒臭いな、お前」 「お前ではなく、私の名前はマネッティアよ。胡蝶さん。これからよろしくね」  マネッティアから差し出された手を、胡蝶は掴んだのだった。  ルドベキアがラージ級の気をひいて、愛花が火力を集中させる。  葉風が狙撃でラージ級の急所に弾丸を打ち込んで始末する。  残った最後のラージ級は一斉攻撃で跡形もなく沈んだ。  マネッティアは誇らしい笑みで胸を張る。 「強いでしょう。私のレギオンは」 「アンタは立っていただけだけどね」 「あんなハイレベルの戦いに混ざったら死んじゃうでしょう、私が」 「なんでこんなやつにあんな強い奴らが入ってきてんだ」 「クローバー様の人徳のお陰ね」 「あー、そうか。アンタは真昼様大好き信者だったね」 「この壺を買えばクローバー様の懐が潤います」 「幸運な壺でもないのかよ。買わせる気がないな」 「冗談よ」 「だろうよ」  胡蝶とマネッティアはデストロイヤーを倒して周囲を警戒しているレギオンメンバーに手を振る。 「それで、貴方の名前はなんて言うの?」 「言わなくても何度も言ってるだろ」 「本人から聞くから意味があるのよ。仲間になった証にのようなものね」 「仲間ね」  胡蝶はそれに自嘲的な笑みを浮かべる。仲間なんて欲しくなかったし、人間関係なんて面倒なだけだし、戦いでは足手纏いなだけだし、どうせ力だけを求めた関係だし。だから凄くどうでも良かったけど、命を救われた時、不覚にも嬉しくなってしまった。  ちょっとピンチなところを、助けてもらってときめいてしまうなんて安い女だとは思うが、このレギオンにいれば楽しくなりそうな予感がした。よく見れば前に「力になりたい」と直接聞いてきたオッドアイの女もいる。つまり良い奴らの集まりなのだ。 (バカの集まりともいうけど)  胡蝶はそっぽを向きながら言った。 「胡蝶」 「私はマネッティアよ」 「知っている」 「マネッティアちゃんと呼んで良いわ」 「絶対呼ばない。マネッティアって呼んでやる」 「じゃあ私は、こちょにゃんと呼ぶわ」 「わかった、妥協しよう。マネッティアちゃんと呼ぶからお前は胡蝶と呼べ」 「仕方ないわね」 「マネッティアは無表情系クールキャラみたいな顔してボケ担当か」 「それは愛花さんの役目よ」 「愛花って誰だ」 「あの優しいお姉さんみたいな顔をした赤と金のオッドアイ」 「ああ、昔、例の噂は本当なのか、力になりたいって聞いてきたやつか」 「本人もそう言ってたけど本当に言ったのね。度胸があることですこと」  レギオンメンバーは周囲の警戒を終えて、マネッティアの元に集まってきた。 「胡蝶さんが正式にレギオンメンバーになりました。みんなと仲良くなりたいけど口が悪くて困らせてしまうのを気にしているので、優しく見守ってあげてください」 「ふざけるな、なんて紹介するんだ。お前もしかして私のこと嫌いだな?」 「こんな胡蝶さんですが仲良くしてあげてください」 「無視をするな、私をそんな不器用だけど、実は優しいキャラにするな。人に安いキャラクター性を乗っけるな」  愛花は胡蝶の手を取る。 「胡蝶さん。あの時、私は貴方のことを思って手を引いてしまいました。けど、今度は離しません。一緒に楽しい生活を送りましょう」  続いて胡蝶も手を重ねる。 「私も人付き合いは苦手だから、ゆっくり慣れていこう。レギオンのみんなは優しいから」  続いてルドベキアも手を重ねる。 「まぁ、私は特に因縁とかはありませんが」 「過去に家の力を使って胡蝶さんを助けようとしてたので因縁はあるのでは?」 「何故それを!? まぁ良いですわ。戦力として期待してます」 「素直じゃないですねえ」 「だまらっしゃい!」  最後にマネッティアが背後から抱きつく。 「今日から私達が貴方の仲間よ。貴方が困れば貴方を助ける。誰かが困れば貴方が助ける。頼り、頼られる相互補助の関係。一緒に、生きて卒業しましょう」  胡蝶は天を仰いだ。  溢れでる涙が落ちないように。 「全く、お節介な奴らだよ」
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