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16話:お姉様の幻覚①
モンスターが襲来した。それに対応するのは遠征討伐任務帰り一行のソラだ。
ソラがクローバーに近寄って、頬をつつく。
「いやー、まさかクローバーがレギオンを作るなんてね」
「マネッティアちゃんと梅ちゃんか頑張ってくれたんだよ」
「クローバーハーレムだね」
「ちょっソラちゃん」
「ごめんごめん。これでクローバーも楽しく生きれるようになれると良いね」
「楽しく?」
「だってクローバー、笑わないじゃん」
「そう、かな?」
「そうだよ、自分で気づいてないところが重症だなぁ、っとじゃあサクッとモンスター倒しちゃいますか。必殺技の戦術見せれば良いんだよね?」
「うん、お願い」
モンスターが海から現れて上陸する。大きさはでかい。ギガント級だ。リーダーのソラはすぐに指示を出す。
「行くよ! みんな!」
モンスターに向けて砲撃我
撃ち込まれる。たが謎のバリアによって防がれてしまった。
「はぁ!?」
「魔力リフレクター? それにしては違うような」
「このぉぉ!!」
ソラはリフレクターを強引に叩き、突破させて攻撃をモンスターに直撃させる。分厚い装甲に穴が開くが倒れるには至らない。
砲撃は魔導杖を著しく損傷させる。これ以上の戦闘は不可能と判断したソラは苦々しく言う。
「撤退します」
「引き継ぎます! 撤退急いで!」
「とんだ初陣だな」
「アールヴヘイムが仕留め損ねた相手に勝てるんでしょうか?」
「勝てる」
「基本通りに! 射撃陣形! 射撃準備! 射撃開始!! まずは装甲を剥がす!! 相手の攻撃には乱数回避!! 急げ!!」
「了解!」
クローバー隊はモンスターに向けて一斉に射撃を開始した。分厚い弾幕がモンスターの外殻を削り取っていく。モンスターもただでは負けないと、熱線や触手攻撃をするが全て避けられて当たらない。
後退しつつの全力射撃によってモンスターは悲鳴をあげる。
「胡蝶ちゃん、私、梅で近接攻撃を開始する! 場所は中央! 射撃チームは誤射に注意をして援護を!」
「わかった」
「了解」
射撃よりも近接攻撃の方が攻撃力が高い。外殻が剥がれているのを見て近接攻撃を切り替える。
クローバー達三人のコンビネーション攻撃によってモンスターの体はバラバラに切断される。
モンスターの体が変形する。粘着性のあるスライムが飛び出して体を繋ぎ合わせて再生を開始する。それは巨大なイカのような見た目から人形になる。
青く煌く巨人がそこにいた。その胸には一本の魔導杖が突き刺さっている。
クローバーの記憶がフラッシュバックする。あれは、あの魔導杖は、最後までクフィアが持っていた戦魔導杖だ。魔力クリスタルのルーン文字をそれを事実だと示している。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
「ラプラス、発」
その時、口を塞がれた。背後見ると梅が口を塞いでいた。
「クローバー、少し落ち着け」
「でも、あれは!」
「またラプラスでスキルの強制発動すればマネッティアのアサルトバーサークも暴走する。それはクローバーの望むところじゃないだろう、同じ轍を踏む気か?」
アサルトバーサークの暴走と聞いて、シノアはバツが悪そうにする。それを見て真昼も黙る。そしてマネッティアが、口を開いた。
「すみません」
「いや、クローバーが激情家なのが悪いんだゾ。今の真昼は一人じゃない。仲間がいる。落ち着いて冷静に対処すれば勝てる相手だ」
「そ、そうだよね。冷静に」
「よし、攻撃再開だ!!」
攻撃を再開するその時だった。
「クローバー、攻撃をやめて」
「この声は……」
聞き覚えのある声だ。
懐かしい。
愛しい声だ。
「クフィア、お姉様……?」
「そうだ、ボクだ。ラプラスを持つ君にしかこの声は聞こえない。みんなに攻撃を止めるように指示をするんだ」
「なんで、クフィアお姉様の声がモンスターから」
クローバーの異常な様子に梅達も気付く。
「どうしたクローバー!? 止まるな!」
「モンスターからクフィアお姉様の声が」
「なに!?」
「あのクフィア様の魔導杖が関係あるんですの?」
「わからない。だがクローバーの様子がおかしいんダ! マネッティア! 一度クローバーを下げさせろ!」
「わかりました!」
マネッティアはクローバーを抱っこして、後方へ飛び退く。その間にもモンスターの攻撃は続き、魔導士達は応戦する。射撃音が響き渡り、破壊音が聞こえる。その中で継続的に聞こえるのだ。
クフィアの声が。
「クローバー、クローバー、聞こえているかい? ボクはあの時モンスターに食べられた。その時にラプラスの効果なのか分からないが、モンスターを乗っ取る事に成功したんだ」
「モンスターを乗っ取る……?」
「GE.HE.NA.の研究にもモンスターの操作はある。モンスターの姫という幼い頃にモンスター細胞を埋め込まれた者はモンスターに味方と見做され攻撃されない。そういったモンスターを支配する技術は既にあるんだ」
「確かにその研究は見たことがあります」
被験者は数人いた筈だ。またGE.HE.NA.の科学技術は既にモンスターを支配下に置く事に成功している。完全ではないが、ある程度は使役できる筈だ。
このクフィアの説明にも不可解な点はあるが矛盾はない。
「理由はわからない。だが現実として、そうなんだ。ボクはクフィアとしての意識を持っている。だから話し合おう。今はラプラスを持つ君としか話せないが、頑張れば他の人とだって」
『嘘だよ、それは信じてはいけない。ボクの声を使ってクローバーを懐柔しようとしているだけだ。ボクは既に死んでいる。これはモンスターの罠だ』
クフィアの声が対立する。いつもクローバーを励まし、応援して、笑っていた幻覚のクフィアと、モンスターの体を得たクフィア。
どちらも本人のものとしか思えない。
クローバーが蹲っていると、マネッティアが優しく声をかける。
「クローバー様、今、貴方はどうなっているんですか?」
「幻覚のクフィアお姉様と、モンスターを乗っ取ったっていうクフィアお姉様の声がしている」
「二つのクフィア様の声が聞こえているんですね」
「うん」
マネッティアの病状に幻覚というものがあった。恐らくそれによる脳内での会話が行われているのだろうとマネッティアは推測する。
マネッティアは優しくクローバーを抱きしめて背中をトントンと叩きながら言う。
「たぶん、今どっちが正しいかは判断できない問題なんだと思います。どちらもクローバー様だけに聞こえるものですから。だから、正しさは捨てちゃいましょう。クローバー様はどっちを信じたいですか?」
「え?」
「いつも聞こえる幻覚と、モンスターの声。どちらを信じたいですか?」
「どっちって言われても、選べないよ。本当にモンスターの方は本当にクフィア様かもしれないんだし。だけど倒さないとみんなが死ぬかもしれない。選べないよ」
「今から、とても失礼なことをします」
「え?」
マネッティアはクローバーの頬を叩いた。
「甘ったれるな。貴方はラプラスで心折れた人を立ち上がらせて戦わせてきたんです! その貴方が折れてどうするんですか!? 無理矢理にでも立ち上がらせた貴方は、立ったなければならないんです!! 結局、どちらを選んでも後悔します! なら、少しでも最善だと思う方を選んでください。私達はクローバー様のレギオンです。それに従います。貴方のレギオン、リーダーは貴方なんです。私達はクローバー様の手助けをします。及ばない点を補填します。しかしやりたいことはクローバー様が決めてください」
マネッティアはクローバーを甘やかさなかった。誰もがクローバーを甘やかした。ラプラスを使って戦っているから精神的に辛いだろうと、誰もクローバーの人道的な問題を責めなかった。あの梅さえも。
クローバーは折れてはいけない。迷ってはいけない。間違ってはいけない。
それが人を支配して者の義務であり、責任なのだ。しかし、それを負う側はたまったものではない。
クローバーは叫ぶ。
「そんなの、そんなのってないよ! 私が今どんな気持ちでいるか知らない癖に! 私が今までどれほどクフィアお姉様様に焦がれていたか、知らない癖に。クフィアお姉様を失ってから誰かの為にならなくちゃって戦い続けて! 心折れた人達を無理矢理立ち直らせて! GE.HE.NA.の非道な実験にも手を貸して! 少しでも多くの人を救いたいって! 私やクフィアお姉様のようなモンスターに脅かされる人を少しでも減らそうってどれだけ頑張ってきたと思っているの!?」
クローバーは魔導杖を乱雑に地面に殴りつけた。
「私が一体どんな思いでッッ! ご飯の味もしなくて、休んでいる時は常に誰かが私を責める声が聞こえて、何をしても、どうしても、苦しくて辛くてどうしようもなくて! 初めてなんだ、初めて救われるかもしれないんだ。クフィアお姉様が戻ってくるかもしれない。私の愛したお姉様が! そんな簡単に決断なんて出来ないよ!!」
クローバーはマネッティアに掴みかかっていた。
「クローバー様のお気持ちはわかりません。その苦悩や辛さはわかりません。でも私達はクローバー様と共に歩むと決めた仲間になると決めたのです。クフィア様はもう死にました。死んだ人間は蘇りません。なら、やる事は一つでしょう。クフィア様に擬態するモンスターを倒す。そうでしょう?」
「でも! 生き返るかもしれない! 生きているかもしれない! モンスターの中で!」
「可能性の話をするならあり得る話でしょう。ですが、今のクフィア様はモンスターです。倒すべき敵です。クフィア様は死んだんです。過去だけに囚われないでください。過去が貴方を縛るなら、私たちが手を引きます。今を見てください」
「また会える、かもしれないのに」
大きく地響きがした。戦いは激しくなっている。時間はない。
「クローバー様、信じたいのは、幻覚のクフィア様ですか? それともモンスターのクフィア様ですか?」
「信じたいのは……」
幻覚のクフィアお姉様はいつも励まして、応援して、助けてくれようとした。クローバーを案じて、助けようとしてくれた。記憶にあるままのクフィアお姉様の姿だった。
モンスターのお姉様は助けを求めていた。モンスターの体になって、辛い事、困惑した事、色々あっただろう。それでクローバーに助けを求めにきたと考えれば助けたい。だけどそれが本当にクフィアお姉様だという確証がない。モンスターの擬態かもしれない。油断をしたところを大規模攻撃してくるかもしれない。
「どっちも助けたい。どっちも信じたい」
「魔導士の敵は、クフィア様を殺したのは何ですか?」
幻覚とモンスターの言葉。
どらちも不確かで曖昧なものだ。
だが、明確な事がある。
少なくともあのモンスターはクフィアを殺しているのだ。
「殺すならモンスターを殺すよ」
「クローバー様」
「クフィアお姉様はモンスターにバラバラに引き裂かれて食われた。あれで奇跡が起こるとは思えない。だから」
魔導杖を握る手に力がこもる。
「私がクフィアお姉様を殺す」
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