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17話:お姉様の幻覚②
モンスターからの攻撃は苛烈になっていく。
全身から熱線を放ち、周囲のものを焼き切っていく。その隙をついて鋭い刃のついた触手が魔導士達を襲う。
「これは、まずいですね。長期戦は不利です」
「まだお二人は戻りませんの!?」
「ルドベキアさん、後ろ!?」
ルドベキアの背後から迫る触手は直撃コースだ。しかし今は前方の触手を捌くことで手が裂けない。他にフォローできる人員もいない。そもそも発足して一日のレギオンなのだ。粒揃いとはいえ連携はお世辞にもできているとはいえない。
ただ魔導士が7人いるだけだ。
「くっ」
触手がのびる。直撃コースの風間の背中に冷たい汗が伝う。しかしルドベキアを貫く筈の触手は途中で断ち切られた。桃色の髪が舞う。
クローバーだ。
「クローバー様!?」
「みんな、ごめんね! もう覚悟をした! 私はこのモンスターを破壊する!」
クローバーはモンスターに突き刺さっているクフィアの魔導杖を見る。それはモンスターの肉体を焼きながらも、バリアを発して魔導士の攻撃を阻害しているようだった。
「モンスターに刺さったあの魔導杖を引き抜かないと有効打撃は難しいと思う! レギオンを二つに分ける! 高速移動ができるを梅と私と胡蝶があの魔導杖を引き抜く。あとのみんな陽動としてモンスターの気を引いて!」
「了解だ!」
「人使いが荒いな」
クローバー達は三方向から一斉に飛びかかる。他の人達は射撃でモンスターを攻撃する。クローバーは迫り来る触手を足場にモンスターの本体に向かって走っていく。
(こういうところでステップ回避が役立つんだよね)
ステップ回避は狭い空間で相手の攻撃を回避するのに役に立つ。また瞬発力があるので咄嗟の行動がしやすい。梅は縮地で一気に距離を詰めていく。胡蝶も持ち前の身体能力の高さでモンスターーの攻撃を潜り抜ける。
「流石、梅ちゃんと、胡蝶ちゃん。良い動きだね」
クローバーはモンスターの本体に着地して、突き刺さっている魔導杖を持つ。梅と胡蝶もそれを掴んで引き抜こうとする。その時に脳に直接、クフィアの幻影が語りかけてくる。
クフィアが魔導杖を抑える。
「やめるんだ、クローバー。それを抜いてはいけない。ボクを信じてくれ」
「やめて、話しかけて来ないで!」
「落ちつくんだ……クローバー、胡蝶、梅。引き抜かないで、まずはボクの話を聞くんだ。君達がボクを殺す事など簡単だ……冷静になって聞くだけでいい」
脳内に声が反響する。
強制的に時雨との思い出がフラッシュバックさせられていく。感情が昂り、涙が溢れ出る。
「うう…う、あああ…」
「この魔導杖を掴まれた時点で、ボクはほぼすでに敗北している。これは『取り引き』だ……物事の片方の面だけを見るのはやめて、死んだクフィアをこの世界へ戻せるのは……ボクのこのラプラスを食ったモンスターだけだ」
「う、うるさい……しゃべらないで」
「私に話しかけるのはやめろッ!」
「ここで全てを終らせるんだッ!」
その時、モンスターの攻撃が止まり、防御にリソースを傾け始めた。
「ボクの目的は、クフィアとして復活すること……ただそれだけだ。復活する過程の結果として敵対する事になったが、君たちの命を奪う事ではない。ラプラスは無限の可能性を内包している。それを得たボクにはクフィアになれる」
モンスターのクフィアの言葉にクローバーの心が再び揺れ始める。
「さあ……みんなに指示してくれ。攻撃をやめて、撤退してと」
戦いはまだ続いている。クローバーの息は未だに荒い。クローバーに向かって胡蝶と梅は必死に言葉を語りかけているが、何かしらの現象でモンスターからの言葉しか聞こえていない。
鼓動が速くなる。
「クフィアお姉様が戻ってくるというの」
「約束する」
「無事で無傷のクフィアお姉様が……!!」
「約束する」
「そしてそのままユグドラシル魔導学園とクローバー達を逃がしてくれるというのか?」
「約束する。誰にも報復はしない。全てを無かった事にすると誓う。今後、君らに決して手は出さないし、行きたい所へ行けばいい。モンスターを倒したければ倒せば良い。ボクはクフィアとして復活すれば良い。ただのそれだけだ」
「ここに戻って来るというクフィアお姉様は……もう同一人物じゃあない。『違う人格』の……変質した『違うクフィアお姉様』のはずッ!!」
「クローバー、……未来の事なんかわかる者がいるのだろうか? 違う心で違う過去のクフィアになったとしても、あるいは君と姉妹誓約を契っていないクフィアが来たとしても。これからのクフィアはクフィアの道を行くのだろう……重要なのはこのボクたちの世界で生きている事なのだ」
「うう……う、ハァーハァー」
モンスターのクフィアの言葉に揺れるクローバー。
「ここから話す事はとても重要な事だ。それだけを話す。ボクの行動は『誰かを傷つけるために』にやったのではない。『力』が欲しいだとか誰かを『支配』するためにをやっていたのではない。ボクには『生存欲求』がある。全ては生きるためにやったこと。お願いだ『クローバー』早まるな」
「貴方は『クフィアお姉様』なのか? ……信じたい、もしかして『クフィア』なのかも? と……信じたい。私の行動の方が『悪』なのかもしれないと。でも『保障』がない……貴方はモンスターだ。攻撃をやめて、撤退した途端『だまし討ち』をするかもしれない。クフィアになる前に……または再びモンスターを送り込んでくるかもしれない。私達の『安全の保証』なんかどこにもないっ……」
「ボクは『誓う』と言った。ボクは一度口にして誓った事は必ず実行して来た……『報復』は決してしない」
「だからそれを私に『信じさせて』みて!!」
保証。
モンスターという敵対者で、夕立時雨を食った張本人。
それに対してクローバーは自らを証明して、保障しろと投げかけた。
「あなたが『クフィア』だという事を……力と才能のある『うそつき』ではなく……『正しい道』を行く人間であろうとしているという事を……今! ここで私を説得してッ!! 説得できたら喜んで攻撃はやめて、撤退する。時雨お姉様に会いたい。貴方が『夕立時雨』だという事を信じられたらどんなに素晴らしいだろう。『無事な夕立時雨』をもう一度ここに戻したい……ここに戻したい。私に貴方を信じさせてくれ」
「ボクは一度口にして誓った事は必ず実行する。君たちに『報復しない』と誓ったなら『決してしない』。クローバー。『決して報復はしない』全てを終りにすると誓おう」
「…………ッ」
その時、足元から触手がクローバー達目掛けて殺到した。クローバーは即座に魔導杖を引き抜き、触手を全て切り払う。傷口からは大量の体液が噴出している。モンスターを覆っていた魔力フィールドが消滅して、浮遊していたモンスターは地面に滑落する。
「今のは気の迷い……クローバー、見逃して」
「信じたかった……クフィアお姉様が蘇ると」
クローバーは叫んだ。
「砲撃を仕掛ける! 練習無しのぶっつけ本番! 無線ではなく優先で魔力を連結する。残りの人達は射撃してモンスターに攻撃!! ラプラス発動!」
ラプラス発動によって士気向上、攻撃力上昇、防御力上昇、相手の防御力低下が発動する。士気向上を具体的にいうと真昼の精神と同調した結果の士気向上だ。
全員に真昼の感情や思考がリンクする。そして視界が開けて、魔力を回しやすくなる。
「梅からやるゾ!」
魔導杖に取り付けられたケーブルを持って飛び上がる。
「クローバーが心から笑って前を向いて、陽の光を浴びれるように!」
梅の魔力ケーブルが葉風に繋がる。
「こんな私に力を貸してくれたマネッティアや愛花に報いる為に!」
葉風の魔力ケーブルがエミーリアに繋がる。
「儂も目立ちたい!!」
エミーリアの魔力ケーブルが胡蝶に繋がる。
「バカで変でお節介な奴らが笑える日々を送れるように!」
胡蝶の魔力ケーブルが愛花に渡される。
「故郷の奪還を、このレギオンで必ず果たす! 全てはモンスターに奪われた尊厳を取り戻す為に!!」
愛花の魔力ケーブルがルドベキアに渡される。
「お二人のお心が少しでも満たされるように!」
ルドベキアの魔力ケーブルがマネッティアに渡される。
「クフィア様の事を何も知らない、何もわからない。だからそれを知ってるクフィア様本人の口から楽しかった思い出として語れる未来を作るために!!」
マネッティアはクローバーに魔力ケーブルをつなぐ。
「クフィア様、お別れです。クローバーはお姉様のことを愛していました。今までも、これからも。さようなら。愛しい人」
クローバーから全員の魔力が込められた砲撃が放たれる。それは虹色の光を放ちながらモンスターに着弾して大きな爆発を起こした。モンスターの装甲が焼き爛れて、魔力に焼かれて消えていく。
甲高い悲鳴が響き渡る。
モンスターの破片が散らばって、雪のように降り注ぐ。
マネッティアの視界が一変して、一面空を映す鏡のウユニ塩湖のような景色になる。
なぜ今ここで? 幻覚? と焦るクローバーの前にクフィアが現れる。
「クローバー」
「クフィアお姉様」
クフィアはクローバーを抱き締める。
「臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい。自分の失敗を笑って話せるようになる頃には、真昼が失ってしまったものも、また見つかっているはずだよ」
「クフィア……お姉様……!」
「人は、死を確信した時、持てる力の限りを尽くし、何にも恥じない死に方をするべきだ。だけど、生きて為せることがあるなら、それを最後までやり遂げる。クローバーに教えた三つの言葉、覚えているね?」
「死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな」
「ボクの、最後の抵抗。ボクの魔導杖を調べて見てほしい。きっと、ネストを攻略する手がかりになる筈だ」
クフィアの体がボロボロと崩れていく。
「ああ、最後に、これも教えておくよ。使命に殉じた者達の生き様やそのその教えを、生き残った者が誇らしく語り継ぐ事……それが……ボク達魔導士にとって、最高の供養なんだ。だから、笑ってボクの事を話して。それができる仲間が、できただろう?」
クローバーは大粒の涙を流して頷いた。
「じゃあ、本当にお別れだ。クフィア。愛してる。すぐにこっちに来たら、怒るからね」
「はい! 生きて! 戦い抜いて! 戦った人達の技術を次の世代に伝えて! そしてお婆ちゃんになるまで生き抜いてみせます! クフィアお姉様の事を愛してます!! またいつか、お会いしましょう!」
そうして、クフィアは消えた。
クローバーは涙を流していた。しかしそれは悲しみの涙ではない。
過去との決別。
クフィアだけに囚われていた心が、今やっと前を向いたのだ。
クローバーはレギオンの仲間に向かって大声でお礼を言う。情けないところを見せた。弱い部分を見せた。これからも迷惑をかけると思う。だけど私についてきて欲しい。
私は生きるために戦うと決めたのだから。そして、その為には信頼できる仲間が必要で、みんなと一緒に戦いと。
レギオンメンバーの仲間の言葉は揃って肯定だった。
(クフィアお姉様、見ていてください。クローバーは貴方の妹として生涯恥じない戦いをしていきます)
空は眩しいほどに晴れていた。
それは彼女達の行先を照らす道標のようだった。
後日談というか、今回のオチ。
クフィアの遺言通りに魔導杖は回収され、解析に回された。
過去を引きずりながらも、解放されたクローバーはレギオンメンバーと訓練の日々を過ごしている。鬼教官っぷりを発揮して、マネッティア達に悲鳴を上げさせている。
お風呂を浴びて、一人部屋に戻るとクフィアが本を読んでいた。彼女はクローバーに気付くと笑みを浮かべて手を振った。
「やぁ、クローバー」
「何でお姉様が?」
「うーん、魔導杖の魔力クリスタルがクローバーの近くにあるから、かな。クローバーに取り憑いていた状態から、ある程度自由に移動できる浮遊霊に出世したようだね。ふふ、二階級特進というわけだ」
「へぇ、あのもう二度と会えないみたいな流れはなんだったんですか。というかモンスターのお姉様はなんなんだったんですか」
「はは、本当にね。モンスターはモンスターだよ。擬態。人の擬態。人に戻れはしないけど、まだクローバーを見守れると思うと嬉しいよ」
はははは、と笑うクフィアに、脱力したクローバーは苦笑を返すしかない。
「なんというか、これからも宜しくお願いします、クフィアお姉様」
「こちらこそ、宜しくクローバー」
まぁ、色々と台無しな話ではあるけれど、きっとこれは誰もが笑えるとてもよい結末なのだろう。
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