5人が本棚に入れています
本棚に追加
4話:本質的な挨拶
魔導杖を立てかけていたマネッティアはカーテンからのこぼれ日で目を覚ました。カーテンを開けて、太陽の光を浴びる。
朝。学院の初めての朝はマネッティアに取って特別だった。
二段ベットの上から「ごきげんよう、マネッティアさん」と目をさすりながらルームメイトのシズが声をかけた。ゆっくりとベットから降りてきて一際大きなあくびをする。
彼女は人の上に立つべく育てられた生粋の司令塔だ。
「ごめんなさい。起こしてしまったかしら」
「カーテンを開けてその台詞は勇気があるわね。まぁいいけれど」
制服に着替えたシズは玄関口からマネッティアに声をかけた。
「じゃあ、私はお先に」
「ええ、行ってらっしゃい」
マネッティアはまだ準備ができていなかった。制服の着方が分からず半裸姿のまま慌てていた。腕には包帯が巻いてある。それも手伝って制服に着替えるのが時間かかったのだ。シズはマネッティアの肩に手を置いた。
「手伝うわ。向こう向いて」
「ありがとう」
制服を一通り着せ終えると、シズは包帯が巻いてある部分を痛ましげに見た。
「昨日の傷、痛む?」
瓦礫に押し潰された時の傷だ。骨が露出するほどの大怪我で、もしかしたら魔導士生命を絶たれていたかもしれなかった。
そう思うと自然に傷口を押さえていた。
「うん、大丈夫」
「そう。運が良かったのね」
「……」
二人は食堂に向かい朝食を食べた。オムライスだった。その後はマネッティアはお手洗いで髪を整えていると、背後から声がかけられた。
振り向くと桃色の髪が目に入った。相手はラークスパーだった。入学初日にクローバーに喧嘩をふっかけていた好戦敵な魔導士だ。
「あら、ごきげんよう。マネッティアさん」
「ごきげんよう、ラークスパーさん」
「覚えていてくれたの?」
「ええ、有名だもの。少し勉強すれば嫌でも入ってくるわ」
「そう。なら」
ラークスパーはマネッティアを壁際に押しやった。
「本質的な挨拶をしない?」
「本質的?」
「ええ、この学園では珍しくないのよ。女の子同士の恋人いうのは」
「いきなりキスは大胆ね。申し訳ないけど私は心に決めた人がいるから」
ラークスパーの目が細くなる。
「それはクローバー様?」
「そうよ。私はクローバー様に身も心も捧げるの。そして姉妹誓約を結ぶ」
「それは、どうなのかしらね」
「何が?」
「いいえ? 頑張ってね。応援してるわ。私もクローバー様と一緒に戦ったことがあるけど、あれは」
ラークスパーは身を捩らせて、体を抱き締める。
「最高だった。また会いましょう、マネッティアさん」
ラークスパーは颯爽と去っていく。マネッティアはクローバーを探して校内を歩いていた。
(昨日のお礼を言いたいのだけれど、見つからないものね)
半分諦めかけたところで、見覚えのある姿をとらえた。桃色の髪に緑の髪飾り。見間違いではない。クローバーだ。
「おはようございます、クローバー様」
クローバーは振り返ると笑顔で近寄ってくる。
「昨日の。マネッティアちゃん、だよね。ごきげんよう」
「ごきげんよう。昨日はありがとうございました」
クローバーはマネッティアの腕に触れる。
「守れなくてごめんね。腕痛む?」
「いいえ、大丈夫です。それに自分の力不足ですから」
「マネッティアちゃんは魔導士の訓練を受けていないんだよね?」
「はい。家の方は魔導士を排出する家系なのですが、事情があって遅れました。高等部からの参入ですが、早く一人前になれるように頑張るつもりです」
「ううん、早く一人前になる必要はないよ。ゆっくり、基礎を固めて訓練をしてベテランの魔導士と初陣を乗り越えて経験を積む方が大切だから」
「意外です。魔導士は早く一人前になる必要があるものかと」
「そういう人は多いよ、確かにね。でも死んだら全部おしまいなの。取り戻せないの」
腕を掴むクローバーの指に力が篭る。
「死なない戦いをする必要があるんだよ、魔導士には。私が言えた義理じゃないけどね。マネッティアちゃんはまだ新米だから、基礎訓練に力を入れてね。基礎は裏切らない。そして折れない心を持って」
「はい! 頑張ります」
「それじゃあ、私はこれで行くね。訓練頑張って」
「ありがとうございます」
マネッティアと別れて校舎の入り口に行くとクラス分けが張り出されていた。人だかりができている。そんな中に一際目立っている魔導士がいた。
その魔道士はマネッティアを見つけると駆け寄ってくる。
「うわぁ、なんか私、ユグドラシル魔導学園に来たって実感してます! 私フミっていいます。マネッティアさんですよね? 昨日活躍された」
「うん、どうして知ってるの?」
「ユグドラシル魔導学園新聞に書きましたから!」
「書いた? 読んだんじゃなくて?」
「私のスキル、鷹の目は遠くからでも物事を見ることができるんです。それで昨日のことはバッチリと」
「編集長ということね」
「はい! そうだ! 私とマネッティアさん同じクラスになったんですよ!」
「そうなの、良かったわね」
「因みに、私もですのよ」
ルドベキアが優雅に現れた。
「ごきげんよう、お二人とも」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルドベキアさん。三人揃うのは運がいいわね」
「マネッティアさんは気難しそうで、ちびっこはオタクが爆発して引かれそうですからね。私が友人としてエスコートして差し上げますわ」
「そういう貴方も高飛車で避けられるのではなくて?」
「あら、私に憧れる子は多いですのよ」
「なら恐れ多くて話しかけられず孤立するのが見えるわね」
「マネッティアさんは自分から話しかけにいかず、ぽつんと教室の片隅で本を読んでいる姿が目に浮かびますわ」
お互い本気ではない軽口を叩きながら、ルドベキアの先導で足湯に赴くことになった。
「良いのかしら、こんな朝から」
「授業は明日からですから」
「理事長の配慮だそうですわ。学院はモンスター迎撃の最前線であるのと同時に魔道士にとってのアジールでもあるべきだって」
「アジール?」
「聖域の事ですわ。何人にも支配されることも脅かされることもない常世。まぁ、良い大人が私達のような小娘に頼っている贖罪という面もあるのでしょうが」
「でも不思議ですね。私とマネッティアさんみたいなド新人から、ルドベキアさんのように実績のある魔導士まで経歴も技量もバラバラです」
「あははは、よく調べていますわね。フミと呼んで差しあげますわ」
「凄いです、クレストの総帥の御令嬢とお近づきになれるなんて!」
「なんて事ありませんわ、ふふ」
「クレストって確か」
「まさかご存知ないとか!?」
「いえ、知っているけど」
「クレストは魔導杖開発のトップメーカーの一つなんですよ! マネッティアさん」
「いいえ、トップでしてよ! 仰ってくれればいつでもキレッキレにチューニングされた最高級の魔導杖をご用意させて頂きますからお楽しみに!」
「二人とも私を何も知らない人扱いしていないかしら」
足湯から上がった三人はロビーでティータイムを楽しんでいた。
「マネッティアさん、朝食の後はどこにいたんですか?」
「二年生の校舎に」
「ああ、クローバーさんに会いに行ったんですね」
「姉妹誓約の契りを結んで欲しくて」
「あら、それは普通上級生からお声がかかるものですわ」
「ルドベキアさんも狙っているのよね」
「ええ、あの愛らしいお姿。ぜひとも私と姉妹の契りを交わして欲しいですわ!」
姉妹誓約の契りというのはユグドラシル魔導学園に伝わる上級生と下級生が結ぶ姉妹の契りのことだ。上級生が姉となって下級生の妹を導く。
上級生が姉妹の契りを申し込み、下級生が受けいることで姉妹誓約が成立する。
上級生の姉が守護天使となり、下級生の妹の盾となる乙女の園の麗しい契約だ。
姉妹誓約には数多の愛がある。
だが戦う乙女ゆえに悲哀と離別とも無縁とはいられない。
大切な半身を失い、心が折れたり、復讐に飲まれるのも珍しくない。
「お話はできたんだけど、クローバー様のことをあまり知らないのよね」
「臨時遠征要員として欠員のあるレギオンに臨時で参加して活躍なさってますね。あとは激戦区に身を投じる機会が非常に多く、そこで多くの勝利と生還者を出しています。そのことから幸運のクローバーや桃色の守護女神なんてあだ名がつけられています」
マネッティアは立ち上がった。
「ルドベキアさん、私に魔導杖の使い方を教えてくれませんか?」
「ええ、もちろん」
「でも明日から実習も始まりますよ?」
「お黙りちびっこ!」
「ちびっこ!?」
ルドベキアの言葉にショックを受けたような顔になるフミ。
「私は早く一人前になりたい。そうすればマネッティア様の助けに!」
「お気持ちは分かりますが、焦りは禁物……と普通なら言うところですがここはモンスター迎撃の最前線ですわ。初心者と経験者を混ぜ込みにしているのは魔導士同士が技を鍛え合う自主性も期待されているということですわ」
魔導士の新兵は時間をかけてじっくり育成して欲しいという想いは、モンスターの来襲頻度と魔導士の絶対数という現実が砕いていく。しかしマネッティアが恵まれているのはユグドラシル魔導士学園には幼少期より指導を受けた歴戦の猛者が多いことだろう。
ベテランとの共同戦線は新兵の死亡率をグッと下げる。
(ゆっくりと頑張れって言って下さったけど、早く強くなればそれだけクローバー様のお力になれる。私が妹になるためにも、頑張らないと)
クローバーの基礎訓練をしっかり、という想いは届かない。
最初のコメントを投稿しよう!