シン・ロミオとジュリエット

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僕たちはどこにでもいる幼馴染の二人、ではなかったんだ。 それに気づくことができたのは、僥倖だったと思う。      ☆ 「のぞみー、帰るか」 「いいよ、帰ろ、あおちゃん」 級友たちに手を振り、教室を後にする。 「相変わらず仲良いねー」 「あー、あの二人ねー」 「美男美女でなかなか人気も高かったのにね」 「まさかあんな形でくっつくなんてね……」 ため息。 背後でそんな会話が耳に入ってきたけど、馬耳東風で聞こえないふり。 「どっか寄り道してく?」 「うーん、あそこ行きたい」 「あそこってどこだよ」 「あのレトロなカフェ」 「あー、『一善』な」 「そう、あそこの分厚いホットケーキが私を呼んでいる」 「なんでいつもそんなもん食ってて太らないんだよ?ずりーな」 「少しは太りたいんだけどねー」 「うわ、オレの前でそれ言うのか、サイアク」 「別にあおちゃんも太ってないでしょ」 「努力してんの。お前と違うの」 「今のままでも、今よりちょっとくらい太ってても、どっちのあおちゃんも好きだよ」 「……」 これだからこの子はタチ悪い。 息を吐くように殺し文句を放ってくる。 返答の代わりに、僕はのぞみの手を繋いだ。 カフェ「一善」は、帰り道の途中にある。 ドアを開けると、 「いらっしゃい」 爽やかな風貌の黒髪のイケメン店主が迎えてくれる。 「わー、店長さん、今日もイケメンですね♡」 「こんにちは、のぞみさん、あおいさん」 お冷のタンブラーを僕たちの前に置きながら、店主はにっこりと笑う。 僕たちはそれぞれホットケーキとブレンドコーヒーを注文して落ち着く。 磨かれた暗めの木の床。アンティークの家具が配されたどこか懐かしい雰囲気。店内には静かにジャズが流れている。 入り口にはアンティークの食器や地元の作家の本やアーティストの雑貨が置かれたコーナーがある。そこを眺めたり気に入ったものがあれば購入するのも、僕たちの愉しみだ。 今日はのぞみはアンティークのティーカップが気になっているみたいだ。 僕は月の写真の葉書を買った。 「お待たせしました」 ホットケーキとコーヒーを持ってきてくれたのは、店主の妹だ。 初めてこの店に来た時は、思いがけず知った顔がいてびっくりした。 同じ中学だった彼女は、今は違う高校に通っている。 高校に入ってからの僕たちの変化にすぐ気づいただろう。 「あれっ」 と言ったきり、僕たちをまじまじと見ている。 やがて、脳内の理解が完了したと言う感じで一人で頷く。 そのまま何も突っ込まず、 「ゆっくりしていってね」 と、にっこり笑って去って行った。 根掘り葉掘り聞かれることが多いから、さりげない対応に救われる。 「居心地いいね、このお店」 「うん、また来よう」 僕とのぞみはうなずき合った。 運ばれて来たホットケーキとコーヒーを、しばしそれぞれ楽しむ。 コーヒーは、口に含むと挽きたての香ばしい香りがまず鼻にフワッと来て、その後にコーヒーのしっかりとした味、最後に甘みが残る絶妙なブレンド。 僕はこのカフェで、ブラックコーヒーの美味しさを知った。 のぞみも、分厚いホットケーキのとろけるバターの上から、たっぷりとメープルシロップをかけてナイフとフォークを使ってそれを切り分け、幸せそうに口に運んでいる。 至福の時だ。 「ねー、あおちゃん」 「なに?」 「私たちって、運命の二人だよね」 「そうかな」 「そうだよ」 のぞみが言うように、僕たちが幼馴染として育ったのは「運命」だと、僕も思っている。 昔は違った。 ある段階までは、僕たちは「普通の」幼馴染の二人だったと思う。 あの時、世界が180度転換した感覚を、覚えている。 ーー僕はその時まだ、スカートを履いていた。 生まれた性別が「女」だったからだ。
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