プラシーボ

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 息子の名前を(つよし)にしたのは、わたしのように弱い人間になって欲しくなかったからだ。  学校でも家でも嫁ぎ先でもパート先でも足を運んだ先でも買い物でも何もしてない時でも。わたしはいつも誰かにいじめられた。  味方なんていなくて、息子を生んだ時は喜びよりも申し訳ない気持ちが強かった。  ごめんねごめんねごめんね。  こんな世界に産んでごめんねこんな最悪な環境に産んでごめんねこんな将来のない国に産んでごめんねこんなばかでいじわるなひとたちがたくさんいるこんなすくいようのない場所に産んでごめんね。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  案の定、剛は弱い子だった。  風邪薬をまともに飲むことがない、わたしのようにただただ泣くしかできない子供だった。  だから頭の悪いわたしはわたしなりに、栄養がつくものを薬の代りに与えた。  風邪薬のかわりに、プリンを。  頭が痛いのなら、焼き肉を。  ケガしたなら、とんかつを。  歯が痛いのなら、ケーキを。  目が痛いのなら、ラーメンを。  同居の姑がカロリーが虫歯がと、ぶつぶつ文句を言ってくるけど、わたしのことをいじめたいのだとすぐわかった。味が濃くて栄養豊富な食べ物が好きな夫と舅はわたしの味方をした。うれしかった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  いつの間にか姑と舅が離婚して、わたしをいじめたオニババが居なくなった。  これからも美味しいものを食べさせてくれと夫と舅に言われて、わたしはやっとこんな世界でも、心強い味方と居場所が出来たのだと思った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  数年後、剛が学校でいじめられるようになった。  理由は、ただ人より太っていて、口からひどい匂いがするかららしい。酷い話だと思う。やっぱりこんな残酷な世界だから、剛がいじめられるのだ。わたしは正しかった。  わたしは剛に強くなって欲しかった。  これを食べたら強くなれると、栄養のあるものをたくさん食べさせた。  剛は縦に横にと大きくなり、気づいたら夫と舅も縦に横に大きくなった。わたしはというと、家族にはたくさん栄養をつけてもらいたくて、食費を切りつめながら残飯を食べて飢えをしのいだ。  まさか実の両親に虐待された上に、同級生にいじめられた経験が、こんな所で生かされるとは思わなかった。  健康でつやつやで、夫も舅も息子もぷくぷくてかてか笑っている。  そんな平和で調和の取れた光景は、まるで家族みたいだった。だけど、その家族の輪に、わたしがいないのは気のせいだろうか。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  知っていた。幸せな日々は長く続かない。  夫が亡くなった。いびきが最近ひどいと思ったら、睡眠時無呼吸症候群(すいみんじむこきゅうしょうこうぐん)という病気だったらしい。のんきに眠ったまま死んだ夫は、ほんとうにしょうがない人だと思った。  葬式で姑が「アンタのせいだ」と殴りかかったけど、大勢に取り押さえられた。姑が舅に「このままじゃ、剛もあなたも殺される」と言ったけど、なにを言っているのだろう。わたしはこんなにも家族を愛しているのに。  我が子に先立たれたストレスなのか、夫の喪が明けないうちに舅が脳卒中で倒れた。わたしがまっさきに考えたことは姑の勝ち誇った笑顔だった。「それみたことか」と笑う顔を想像すると、悲しくて悔しくて泣きたくなった。なんで自分がこんな目に遭うのか分からない。 「お母さん、泣かないで」  と、一人で泣いていたわたしを剛が慰める。  あぁ、剛は強くないけど、こんなにも心優しい子に育ってくれた。それが唯一の心の救いだ。味方が居なくなってしまったけど、わたしには守らなければいけない存在がいることを再確認した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  舅の葬式で、待ち構えたかのように姑が現れた。  だが、前回の葬式で学習したのか、わたしに直接対峙せずに、剛に対して、母親の悪口を吹きこむ戦法に出たのだ。  姑息(こそく)という文字に、なんで姑が入っているのか、この時わかった。姑というのは、そういう存在なのだ。もしも剛が結婚できた時、わたしはこんな姑になるのだろうかと暗い気持ちになる。 「おばあちゃん、こんなこと言ってたんだよー」 「まぁ」  わたしは息子の聡明さに感動した。  なんて優しくて賢い子なんだろう。姑の根拠がない妄言を聞き流し、自分の考察を交えて報告する息子を頼もしく思う。それと同時に悲しかった。息子は相変わらずいじめられているらしい。なんで世間は息子の優しさ、賢さ、素晴らしさを理解してくれないのだろうか。  しかも学校の健康診断で、訳が分からないことを言われた。
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