10人が本棚に入れています
本棚に追加
『ちょーっと待ってくださいね?』
その声の奥で、ペラペラとマニュアルをめくる音が聞こえる。
『オッケ…あ……ひとまず、今いる階より下の階のボタン全部押してみてください…』
俺は言われた通りに1から5までのボタンを全て押してみたが、特に何も起こらなかった。
「押しましたー…」
『あぁ、ダメ?ダメですかね?』
「そうですね、各階のボタンは光りましたが動かないですね…」
『そうっすか…じゃ、急いで業者呼びまーす』
緊張感のない応対に多少イラつきながらも、こんな状況じゃ何もできないので綾にLINEのメッセージで現状を伝えた。
既読はついたが、返事は無い。
いつも元気でタフな綾があの調子ということは、本当に辛いのだと思う。
早く薬飲ませてやりたいのに…こんな足止め食らうとは…
『あ、もしもし…』
綾のことを思って、さらにイラついていると管理室の男から声がかかった。
『あ、さーせん、業者に連絡したんすけど繋がらなくて……そんな密閉空間で一人って心細いと思うんで、俺、話し相手になりましょうか?』
彼なりの配慮らしい。
気持ちは有難いが、そうじゃないだろ…
お前はまず、一刻も早くエレベーターを動かすために尽力しろ!
「え…そんなことより早く出たいんで、どうにか業者呼んでください…」
俺は思ったことを胸にしまって冷静にそう伝えた。
『そうっすよねー…あっ…ちょっ…ケイコだめ…今仕事中…』
急にマイクの向こうでハァハァと荒い吐息と、男の艶のある声が聞こえてきた。
は?何、ありえないんだけど…
俺は呆れかえって、ため息をついた。
すると次の瞬間、マイクから男の慌てふためく声がした。
ガタンと何か派手にぶちまけたような音がして、マイクから声は遠のいていき『ケイコ?うわっ…ちょっ…うわぁあぁ!ゾン…』と、男の声は次第に叫び声となってブツリと回線が切れた。
最初のコメントを投稿しよう!