パンデミックの世界で

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 『ちょーっと待ってくださいね?』  その声の奥で、ペラペラとマニュアルをめくる音が聞こえる。  『オッケ…あ……ひとまず、今いる階より下の階のボタン全部押してみてください…』  俺は言われた通りに1から5までのボタンを全て押してみたが、特に何も起こらなかった。  「押しましたー…」  『あぁ、ダメ?ダメですかね?』  「そうですね、各階のボタンは光りましたが動かないですね…」  『そうっすか…じゃ、急いで業者呼びまーす』  緊張感のない応対に多少イラつきながらも、こんな状況じゃ何もできないので綾にLINEのメッセージで現状を伝えた。  既読はついたが、返事は無い。  いつも元気でタフな綾があの調子ということは、本当に辛いのだと思う。  早く薬飲ませてやりたいのに…こんな足止め食らうとは…  『あ、もしもし…』  綾のことを思って、さらにイラついていると管理室の男から声がかかった。  『あ、さーせん、業者に連絡したんすけど繋がらなくて……そんな密閉空間で一人って心細いと思うんで、俺、話し相手になりましょうか?』  彼なりの配慮らしい。  気持ちは有難いが、そうじゃないだろ…  お前はまず、一刻も早くエレベーターを動かすために尽力しろ!  「え…そんなことより早く出たいんで、どうにか業者呼んでください…」  俺は思ったことを胸にしまって冷静にそう伝えた。  『そうっすよねー…あっ…ちょっ…ケイコだめ…今仕事中…』  急にマイクの向こうでハァハァと荒い吐息と、男の艶のある声が聞こえてきた。  は?何、ありえないんだけど…    俺は呆れかえって、ため息をついた。  すると次の瞬間、マイクから男の慌てふためく声がした。  ガタンと何か派手にぶちまけたような音がして、マイクから声は遠のいていき『ケイコ?うわっ…ちょっ…うわぁあぁ!ゾン…』と、男の声は次第に叫び声となってブツリと回線が切れた。
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