レベルMAXな勇者と魔王の決着は今日もつかない

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レベルMAXな勇者と魔王の決着は今日もつかない

「ふはは! 来たな勇者よ! 今日こそはその首を奪ってやろう!」 「そう言っていられるのも今のうちだ! 今日こそはお前を討ち取って世界を平和にしてみせる! 魔王よ!」  勇者の銀色の剣と、魔王の赤黒い魔剣がぶつかる。因縁のふたり。今日こそは、どちらかの命が消えるのか——。   「で、どうにかしろよ。今年は雨が多すぎるんだ」  ぱちん。 「そんなことを我に言われても困る。天候を操作して人間を困らそうなどと我は考えたこともない」  ぱちん。 「魔王なんだから、魔術で適当に晴れさしてくれれば良いんだよ。そしたら、魔王の株も上がるぜ?」  ぱちん。 「嫌だね。そういうのは神様とやらに祈れば良いのでは? 人間最強の勇者様?」  ぱちん。  勇者と魔王は向かい合ってテーブルについて、黒と白の石を頭を捻りながら盤面に乗せている。勇者は白で、魔王は黒。相手の色を自分の色で挟めば、挟んだ色は自分の石に変えられる。盤面がいっぱいになった時に、色が多い方が勝ちという異世界のボードゲームだ。魔王が手に入れたというそれは、単純なようでなかなか頭を使う。最近のふたりの勝負と言ったら、もっぱらこのゲームになっている。  剣を交えるのは、挨拶の儀式だ。剣で決着をつけるという意識はふたりには無い。 「あーあ。遠いよな、この城」  白い石を置きながら勇者が呟く。 「毎週のようにここに通うの疲れる。もっと街の近くに引っ越せよ」  勇者の言葉に、魔王はふんと鼻を鳴らして腕を組む。 「馬鹿を言え。魔王が街中に住居を構えるなど聞いたことがないわ」 「でもさぁ……帰ったら足がめちゃくちゃ痛くなるんだぜ? もう俺も三十歳だし、正直キツい」 「なら、魔王討伐などという夢は捨てろ」 「それは困る! そしたら仕事が無くなるじゃないか!」  勇者はこの国にひとりしか居ない。  魔王を倒すという任務を与えられている勇者は、それなりの優遇を受けて生活をしている。なので、勇者を辞めるとなったら、新たな仕事を探さなくてはならない。後継の勇者の育成もあるだろうし、そういったことは面倒だ。  勇者は傍の紅茶の入ったカップを手に取って喉を潤すと、魔王を指差して言った。 「なら、お前が魔王を辞めろよ! この国に魔王なんてものはいらない!」 「馬鹿な! 我が居なくなったら誰が悪の象徴になるのだ!」  魔王はこの国にひとりしか居ない。  人間の国を滅ぼすという名目でこの国に降り立った魔王は、森の奥深くに城を構えた。雰囲気を出すために城の外装から内装までこだわった、お気に入りの城だ。そこで、人間最強である勇者を打倒しようとずっと待っていた。だが……。 「決着、どうせつかないよなぁ……」 「うむ……」  勇者と魔王は、何度も剣をぶつけて戦い続けてきた。だが、今まで一度も決着がついていない。  なぜならこのふたり、戦う度にお互いのレベルが上がり、今では最大値のレベル九十九にまで成長してしまったからだ。  もう必殺技も隠し技も、すべての手の内をお互いに知っているから勝負のつけようが無い。それを世間に知られるわけにはいかないので、こうしてふたりは顔を合わせて、ボードゲームで時間を潰している。 「そろそろさ、決着つけないと世間がうるさいんだよな……」 「我は引かんぞ」 「分かってるよ。俺だって引かない……けどさ、最近、世界賭博ってのが流行っていて」 「世界賭博?」  眉をひそめる魔王に勇者が説明する。 「簡単に言えば、勇者と魔王のどっちが世界の中心になるかって賭博が流行ってる。けど、何年経っても勝負がつかないから、街のおっさん連中が俺に文句を言ってくる」 「まずはそのおっさん連中を捕えろ。賭博は犯罪だ」  魔王は付き合ってられん、とテーブルに肘をつく。窓から外を見れば、もう日が暮れかけていた。そろそろ、この「勝負」もお開きの時間だ。 「もう帰れ。夜の森は危険だ」 「え? 心配してくれんの? なら、泊めてよ! 夕食はピザのデリバリーで!」 「残念ながら客人を泊める部屋は無い。夜伽を招く部屋はあるがな」  魔王の言葉を聞いて、勇者はかぁっと顔を赤くした。 「そ、そういうのは、駄目なんだぞ! 本気の人としか、そういうのは……しちゃ駄目だんだぞ!」 「うるさい。童貞か」  勇者の顔がますます赤くなる。それを見た魔王は「マジか」と頬を掻く。 「まぁ……貞操を守ることは良いのではないか?」 「うるさい! ばーか! おたんこなす!」 「三十歳にもなって、その悪態のつき方は無いだろう」  ふと、魔王に小さな悪戯心がわいた。  魔王は勇者に近づくと、その顎を掴み上を向かせる。 「……それなりの覚悟があるなら、泊めてやっても良いぞ?」  さて、勇者はどう怒るかな? そう思ってにやつくのを我慢していた魔王だが、勇者の表情を見て硬直することになる。 「……か、覚悟とか、無いし……そんなの俺は慣れてないし……」 「……」  勇者の頬は赤らみ、目元もじんわりと滲んでいる。あれ、こいつこんなに肌が白かったっけ、と魔王は頭を抱えた。  目の前の宿敵が、とても愛らしく見えて仕方がない。 「……心配せずとも、何もしない。今日は泊まっていけば良い」  そう声を絞り出した魔王に、勇者は素っ頓狂な声で叫ぶ。 「え!? 何もしないのか!?」 「……されたいのか?」 「だ、だって……」  もじもじと勇者は魔王のマントをそっと握る。 「……前から思ってたけど、お前は格好良いからさ……前から意識していて……会うのも楽しみになっていたし」  そうだったのか、と魔王は目を見開く。惰性で「勝負」をしていたわけでは無いのか。魔王はふんと鼻で笑って、勇者の眉間を指で押した。 「まぁ、我らは強いもの同士……運命共同体のようなものだ。深く互いを知るのも悪くはない」 「え? それって、運命の赤い糸みたいなやつ? お前、けっこうロマンチックだな」 「誰もそうとは言っていない」  言いながら魔王は勇者の肩を抱く。鍛えられた見事な筋肉が緊張で震えているのを見て、魔王はふっと笑みをこぼした。 「愛い奴め」 「っ……」  くちびるを近付ける魔王の顔を、勇者はぐっと手で押し返した。不満そうな魔王に勇者が言う。 「き、キスは……三回目のデートの帰りでやるの!」 「……何度も顔を合わせているではないか」 「でも、デートじゃないし!」 「では、今日は何をするのを許すのだ?」  魔王の問いに、勇者は小さな声で答えた。 「手を、繋ぐところから……」 「……」  魔王はしょうがないな、と勇者の手を握る。汗ばんだそれからは早い脈がどくどくと伝わってきて、不思議と魔王の心を満たしていった。    ***   「勇者よ、あれはなんだ?」 「あれはクレープ。こう……薄い生地で美味いもんを巻くんだよ」  ざわざわと騒がしい街は、さらにざわついていた。勇者と魔王が共に行動しているのだから仕方が無い。  驚きの視線を受けながらも、ふたりは街でのデートを楽しんでいた。 「一回目と二回目は森デートだったから、やっとこうやって街を歩ける!」 「やはり、我は目立つな」 「気にしない! 楽しんだもん勝ちだぜ?」  いちごのクレープを食べながら、ふたりは空いていたベンチに腰掛けた。  甘いクリームを口に含みながら、魔王が言う。 「……お前、これからどうするのだ? 勇者を続けるのか?」 「ん? ああ、それなんだけど、後継が見つかるまではしばらく続けてくれって。というか、たぶんこの先もずっと続けてもらうことになるって」 「ほう?」  首を傾げる魔王に、勇者は言う。 「災害とか、流行り病とか、そういうの全部を魔王のしわざって言ってたけど……もう人間も馬鹿じゃないんだよな。そういうのはさ、魔王を退治しても解決しないってちゃんと分かってるんだ。けど、何かの責任にしといたら納得する人間も居るから……つまり……」 「憎まれ役を作り出していた、か」 「そう、そういうこと! お前、何も悪いことをしないで、ただ俺を倒すことだけを考えていたしな! お前が悪くないってことは一番俺が知ってる!」 「……それは、どうも」 「でもさ、魔王は悪くないって言っても納得しない人も多いから……その、お前は嫌かもしれないけど……俺がお前を監視しているってことにしてくれって言われた」 「監視、か。まぁ、良いだろう」 「え!? 良いの!?」  大袈裟に勇者は声を上げる。 「断られるって思ってた!」 「構わん。監視という名目で、お前と共に居られるのなら……」  そう言いながら、魔王は勇者の口元にクリームがついていることに気が付いた。それを取ろうと、すっと顔を近づけて舌で掬い取る。勇者の顔は、一気に真っ赤に染まった。 「き、キスは帰りにするものであって!」 「これはキスではない。キスというのは、こうするのだ」  言いながら魔王は、勇者のくちびるに自分のそれをそっと重ねた。触れるだけのキスは、クリームの味が混ざってとても甘い。  くちびるが離れると、勇者は「もう!」と声を荒げる。 「だから、キスは帰ってからで……!」 「案ずるな。帰ったらたくさんしてやる」  もっといろいろなところにな、と魔王はにやりと笑う。  赤い顔でぱくぱくと口から息を吐く勇者だったが、遠くから近付いて来る声にはっとした。 「居たぞ! 勇者だ!」 「魔王も居る!」  近付いて来たのは、年配の数人の男性たちだった。彼らは不満そうに眉を歪めて、勇者と魔王を指差して言う。 「監視ってなんだよ! 決着はどうなったんだ!?」 「これじゃあ、賭けになんねぇよ! なぁ、決着をつけてくれよ!」  世界賭博で盛り上がっている連中らしい。勇者は呆れた声で言った。 「前にも賭博は駄目って言っただろ?」 「でもよ……」 「ほら、帰った帰った! 奥さんにチクるぞ?」  奥さん、という単語が出た途端、男性たちはいそいそとこの場を後にした。その様子を見て魔王は笑う。 「勝負は引き分けだな」 「ああ、そうだな」  見つめ合って笑い合う。 「魔王、帰ったらボードゲームで勝負しようぜ?」 「ああ、これは引き分けにはならないな」  運命のようなふたりの恋。  これからもずっと、その情熱は続いていく——。
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