ムスカリをまどろみに

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           12  もう帰ってくることはないと思いながら一人出て行った我が家に二人で帰ってくる。  玄関の鍵がなかなか鍵穴に刺さらなかったのは寒さで手が悴んでいたからではなく、この先への期待を伴ったはやる気持ちのせいだ。 「んっ……」  玄関扉が開くとすぐになだれ込むように室内に入った二人は、靴も脱がずに欲望が籠もったキスを交わす。  息継ぎの暇も与えられないほどのキスの嵐へ、首に腕を回しながら精一杯答えていく。 「ふっ……ぁ。ちょっ……、ん。はや、と」  気持ち良さに身をゆだねて必死に舌を追いかける那央の微かに開いた瞳に飛び込んできたのは、焼けつくような熱を感じるほどの眼差しだった。 自分と同じように目を閉じているものと思っていたが、どうやらずっと那央の顔を眺めていたらしく、慌てたせいで呼吸のバランスが崩れる。 「なんで、見てるの」 「だって見たいじゃん」  息を整えるべく荒く呼吸をする那央に対してまだまだ余裕そうな隼人はいたずらな表情を浮かべた。 「でも、この辺でやめとかないと我慢できなくなりそう。冷えたでしょ? 先にお風呂入る? それとも何か温かいものでも飲む?」  パッと那央から離れ瞬時に切り替えた隼人は、スタスタとリビングに続く道を先に歩いていこうとする。 「こないだ買ってきたからコーンスープもあるけど、ココアとどっちがいい――」  追いかけた那央は思いっきり隼人が羽織るコートを掴む。いつもはしっかりとそろえられている靴も今はバラバラだ。  こんな勢いに任せた行動を、とても顔を見ながらできるはずもなく下を向く。だがどうしても髪の隙間から除いてしまう真っ赤な耳は隠しようがない。 「確認だけど、隼人って男相手に……そういうことできるの?」 「えっ? 何々、突然どうしたの。そりゃあもちろん男相手というか、那央相手にはいつかそういうことしたいとは、思ってるけど……」 「なら、我慢しなくて良いから、今して欲しい。心だけじゃなくて、全部隼人が欲しい。もう十分沢山貰ったけど、その、嫌じゃなければ、俺は全部欲しい。……欲張りかな」  今のこの夢の中のような幸せの絶頂の勢いを借りて、柄にもなく大胆な言葉を口にする。断られたらどうしようというためらいより先に口が動いていた。  隼人はなかなか何も答えてくれず、一人で舞い上がって隼人が引くようなことをしてしまったのではないか、という不安が徐々に冷静さを取り戻す頭には浮かんでくる。  だが、恐る恐る隼人の顔を見上げた那央からはすっかり心配は消え去った。  そこにいたのは口元を押さえる手まで真っ赤に染まるほどに赤面した隼人の姿だった。那央がじっと見ていることに気がつくと少しだけ視線を逸らす。 「いいの? 正直に言うと、気持ちを自覚してからはもっと那央に触れたいと思ってた。言いにくいけど、その、想像したこともある。でも無理はさせたくないし、那央がどこまで考えてるのか分からなかったから。でもそう言ってくれるなら、俺も欲張っていいのかな」  欲望を秘めた流し目を受け、ゴクリと息を呑んで頷いた。 「あぁーっ」  何度目か分からない、情けない項垂れた声が洗面所に響き渡る。  手伝いたいと名乗りを上げる隼人をどうにか振り切って、風呂場へと続く洗面所に逃げ込んだ。気持ちはありがたいが洗浄から手伝ってもらうというのはハードルが高すぎる。  慣れないながらもなんとか洗浄を終えた那央は今になって自分の行動を振り返り、その上この先に待っていることを想像して何とも形容しがたい恥ずかしさに囚われていた。  バスローブなんてものは家にないのでいつも通りの冬用の温かいパジャマを着たが、鏡に映る自分は何とも色気がない。  だが、いつまでも鏡の前で百面相をしているわけにも行かない。隼人の「俺も欲張っていいのかな」というセリフを脳内で反芻してどうにか自分を奮い立たせる。  廊下を覗き込むようにしてなぜか忍び足で洗面所を後にする。真っ暗だったはずのリビングから光が漏れているので、恐らく隼人はそこにいるのだろう。  音を立てないようにそっとドアを開けるとソファに座る隼人の後ろ姿が見えた。 「お風呂出たよー」  それすらも誘い文句のように思えて、大きな声では呼びかけられなかった。  全ての行動を静かに行ってきたせいか隼人は那央が戻ってきたことに気が付かない。  迷った末に近づくと隼人は真剣にスマホを見ている。 「隼人ー?」  真後ろまで来て呼ぶとさすがに気が付いた隼人は驚くあまりスマホを膝の上に落とした。  見るつもりはなかったのに見えてしまったスマホの液晶には、『男同士 セックス』という検索結果が表示されている。上部に表示されているページは既読済みらしく紫色の文字に変わっていた。 「最終確認をね、大事なことだから」  決まり悪そうに立ち上がり早口で告げる。目を見開いたまま顔を真っ赤にして棒立ちする那央の頭を撫でながら、隼人は横を通り過ぎた。 「軽くシャワーだけ浴びてくるから俺の部屋で待ってて」  リビングから出る前、一度立ち止まった隼人はまだ棒立ちしたままの那央に向かって楽し気にそう告げた。  残された那央はもう一度「あぁーっ」と情けない声を上げて、今にも飛び出してしまいそうな心臓がある程度の落ち着きを取り戻すまでしばらくその場にしゃがみ込んでいた。  何とか立ち上がった那央は廊下を抜けて隼人の部屋へと向かう。途中、洗面所のドアの前で微かにシャワーの音が漏れ聞こえ、そのせいでまた心拍が上がった。  お互いの個室は主にベッドと狭い勉強机があるだけで、寝室としてしか利用していない。普段はお互いリビングにいるためわざわざ個室に会いに行く必要もなく、隼人の部屋に入るのは引っ越してきた日以来かもしれない。  自分の部屋と同じような家具配置、けれど所々に色が取り入れてある那央の部屋とは異なり、モノトーンで統一されている隼人の部屋へ一歩足を踏み入れる。  ドアを閉めると部屋中に漂う隼人の匂いをはっきりと感じ、抱きしめられている時を思い出す。  この狭い部屋の中どこで待っていようか。ベッドの上はあからさま、冷たいフローリングの上もおかしい気がする。ならば勉強机の前の椅子に座って? でもそこだと隼人が入ってきた時目に入らない位置だ。  結局決まらず立ったまま考えているうちに部屋のドアが開かれる。 「座ってて良かったのに」  那央の脇をすり抜けた隼人は、散々座る場所に悩んだうちの一か所であるベッドにいとも簡単に腰を下ろす。 「おいで」  トントンと自分が座る隣を叩いて呼ぶので、ロボットのようなぎこちない動きをしながらも隼人の隣に座った。 「大丈夫? やっぱりやめておく?」 「ちがっ、やめないで」  緊張のあまり言葉数が少なく様子もおかしくなっている那央を気遣った隼人へ、それだけはきっぱりと返した。ここで止めてしまったらきっと、次の時はより大きな勇気が必要になってしまう。 「良かった」  そう言った隼人の唇の感触をすぐに思い出させられる。そこにすぐに加わった舌は、口内を余すことなく味わっていく。  今までは気持ち良くなり始めたところで終わりになっていたが今日は違うようで、もっともっとと追い求めてくる。  導かれるまま素直に気持ち良さに浸っていくと、頭に添えられた隼人の手に気が付いた時にはベッドの上に優しく押し倒されていた。  ベッドの上に横になって熱に浮かされた隼人を見つめる状況は実に官能的だ。  小指すら動かせずに寝かされたままの那央の目の前で、隼人は一気にスウェットを脱いだ。程よく引き締まった身体には色気をまとっていて、美しいという言葉が何よりも似合う。 「ガン見しすぎ」  つい見惚れて視線をそらせずにいたが、照れ笑いをする隼人に言われて慌ててドアの方へ目線を移す。 「あ、俺も脱いだ方が良いのかな」  全ての行動を隼人に任せっきりにしていたがハッとしてパジャマのボタンに手を掛ける。緊張で手が震えてなかなか取れない、一度起き上がって思いっきり脱いだ方が良いだろうか。 「寒いだろうし上はそのままで大丈夫だよ」 「え、でも……」 「ちょっと今日は本気で抑えが効かなくなりそうだから、そっちはまた今度の楽しみで」  そう言っておでこにキスを落とされるともう何も言葉を返すことができない。まだまともに始まってもいないのに、今度があるということに嬉しさを覚えた。 「下、脱がせていい?」  一応許可を那央に委ねてはいるものの、はやる気持ちが隠しきれていない。  脱ぐ行為に許可は出したものの手伝おうと伸びてきた手には静止を出す。対等な恋人として全てを任せきりにするのが嫌だからというのが表の理由、真の理由はここまでの微かな触れ合いで既に高ぶってきてしまっているそれにまだ気づかれたくないからだ。  片手で上着を延ばして隠すようにしながら、もう一方の手でズボンと下着を脱いでいく。  隼人の視線を浴びながら目の前ではしたないことをしている、その状況でさらに高ぶりは大きくなってしまう。 「解すからうつ伏せになって腰上げてもらえる?」  下半身があらわになり、何とか服で屹立を隠しながら隼人を直視できないでいる那央は次の行動を指示されて焦った。 「風呂場で自分でやってきたから大丈夫だよ」 「だーめ、洗浄は譲ったけどそっちはするって言ったでしょ、痛い思いさせたくないの。どっちにしてもちゃんと解せてるか確認が必要だから」  これは譲る気がない、という意思を強く感じる。すっかり勃ち上がった性器も隼人に触れて欲しいと求めてやまず、こうなったら微かに自分に残った理性を折る他なかった。  のろのろとした動きでうつ伏せになり、躊躇いながらもなんとか隼人に尻を突き出す姿勢を取る。どうにか前を隠そうとするがさすがに無駄な足搔きだろう。  那央がスローモーションのような動きで態勢を変えている間に自らもズボンを脱ぎ、チェストから必要なものを取り出した隼人は指にコンドームを付けネチャネチャとローションを温めていた。 「指、挿れるよ」 「んっ――」  それは許可を求めているものではなく、決まった事項のための宣言だったようだ。那央が何か言葉を発する前に、自分の中にゆっくりと何か異物が入ってきたのが分かる。 「大丈夫? 痛くない?」 「痛くは……ない」  痛くはないが特別気持ち良くもない。自分で指を入れたときにも異物感が凄く、準備したと大口を叩いたが正直指一本が限界だった。隼人に触れられて嬉しいという気持ちよりも、どうしても違和感から来る不快感が勝っている。  痛みを我慢してでも隼人と繋がりたい、という思いから強がったが直接触れられてはバレてしまったことだろう。これでは無理だとお手上げにされないかが心配だ。 「狭いな……、続けるから痛かったら言ってね」 「……ん」  案の定気がついた隼人だったが、幸いにも中断はせずにローションの量を増やす。  隼人が黙ってしまうとヌプヌプという出し入れされる生々しい音と、漏れる吐息のみが部屋に響くのは煽情的だった。 「前も触るよ」  指を挿入した時と同様にそれもただの宣言だったようで、止める間もなく性器に触れる。そしてためらいを見せることなく指の出し入れと同時に上下に扱き始めた。 「んぁっ、はぁ……、ん」  違和感で萎えかけていたものの、始めて人に触れられたそこは顕著に喜びをあらわにする。素直に前へ意識を向けると違和感が大部分を占めていたところへ気持ち良さが加わって、零れる吐息には甘さが混じる 「指増やすね」 「んんっ」  気持ち良くなり始め、強張っていた身体から多少力が抜けたタイミングで秘部への刺激が強くなる。指が増えた直後は中への刺激を止め前をこすることに専念し、再び勃ち上がると出し入れを再開した。  そのまましばらくの間念入りに中を広げられる。麻痺をしてきたのか、前への刺激が良すぎて気にならなくなってきたのか、気がつけば違和感は薄れていた。いつの間にかさらに指は増え、今は三本で拡張されている。  されるがままの那央は布団に顔を埋めながら「ふっ……ん……」と声にならない息を漏らし続けていた。のぞき込んでみればポタポタと垂れる先走りがシーツを湿らせていた。 「あっ!」  隼人の指の腹がある一点をかすめた瞬間、那央の口から無意識に嬌声が漏れた。前への刺激ではなく後ろへの刺激によって電気が走ったような感覚を覚える。 「ここが那央のいいとこ?」  味を占めた隼人はその一点を正確に、優しく撫で始める。先程までは挿入時の痛みが少しでも少なければいいな、と思っていた身体の奥底は今や気持ちいいという感覚を知り始めている。 「待っ、ん、て……。あっ、ん」  前への愛撫も続いたまま、知った瞬間に急速に身体が欲張りに求める快感で抑えられずに声が漏れる。初めての刺激の受け止め方も分からないまま、どんどん高みへと誘導されていく。 「はぁっ、ん。ダ、メ……もう」  出る、と思った瞬間隼人の手がピタリと止む。 もう少しでイけたのに、すぐそこまで迫っていた絶頂の残滓が恋しい。荒い呼吸をしながら早く続きの刺激が欲しいと、気がつけば腰が揺れていた。 「……そんなに良かった? そろそろ大丈夫そうだから俺も挿れたいんだけど、いいかな?」  自分のことでいっぱいいっぱいだった那央は、久しぶりに体制はそのままで首をひねって顔だけ後方へ向ける。  ここまで那央のことばかりで大分我慢をさせてしまったのだろう。視界の隼人は爛々と飢えた肉食獣の如く鋭くて、ギリギリの理性で押さえつけた欲望のこもった目をしていた。 「うん……。でもちょっと待って、こっちからして欲しい」  そう言って那央は、俯せから仰向けへと姿勢を変える。そうすると切羽詰まった愛しい人の顔から、下着の中の窮屈そうな膨張までよく見えた。 「良かった、勃ってる」  安堵の声を漏らすと「当たり前でしょ、痛いくらいに限界だよ」と隼人は力無く笑った。  そのまま下着を脱ぐと、そそり勃った欲望が勢いよく顔を出す。 「初めては後ろからの方が良いと思う」  釘付けになった視線を逸らすタイミングを失って、隼人が手際よくコンドームを付ける様子を眺めているとそう提案された。 「ううん、前からしたい。隼人の顔を見ながら、隼人とできてるんだって実感しながらシたい。……色々と見えない方がいいって事ならもちろん後ろからでいいんだけど」 「今更何言ってんの、さっき触ってたの那央が一番よく知ってるでしょ。じゃあこのまま挿れるけど、痛かったり怖かったりしたらすぐ言って。頑張って止まるから」  コクリと頷いた那央は閉じかけていた脚を躊躇いがちに開き、安心させるようにこめかみについばむようなキスをした隼人は置いてあったクッションを那央の腰の下に入れた。  ドッドッドッという今にも飛び出そうな心臓の音を背景に、その瞬間を待ちわびる那央の後孔へ指よりも太い何かがあてがわれた。  ビクリとして緊張する那央の髪を優しく撫でながら「力抜いて」と耳元で甘く囁く。  その声で溶けた瞬間を見計らって、指とは比べものにならない密度を持つ熱を帯びた物体がゆっくりと那央の中に侵入してきた。 「くっ」 「うぅっ、あっ、ぁっ――」  眉を寄せて与えられる締め付けに耐えながら、那央の様子を伺いつつ進んでは止まってが繰り返される。  散々解して広げられたため痛みはないが、初めて味わう密度が苦しい。けれどその苦しさの原因が隼人と繋がっているためだという事実がたまらなく嬉しかった。 「はいっ、た……」  自分も辛いだろうに大事に大切に気遣いながら進んでいき、ついに全てで繋がった。こんなにも近くに、近いどころか自分の中に隼人がいるという事実がまるで夢のようだ。 「那央、どうした? 痛い?」  夢のようだけど夢じゃない、嬉しくてたまらないけれど妄想とは違って苦しさも伴っているのだから。幸せのあまり溢れてきた涙を隼人が慌てて指で掬う。 「違う、ただ嬉しくて、凄く幸せで」 「那央……」  言葉にならない感情を伝えるかのように隼人は強く抱きしめてくる。背中に手を回して抱きしめれば服越しでは分からない、生の隼人の体温と感触が伝わってきた。  そのまましばらくの間抱きしめ合ってお互いの存在を噛みしめている間に、段々と隼人の自分の中にある存在と溶け合って慣れてくる。  お互いの荒い呼吸音が落ち着いてくると、 「動いても大丈夫?」 と尋ねる隼人は那央の了承を待ってゆっくりと抽挿を開始した。  一時より落ち着きを取り戻した那央の昂ぶりを可愛がりながら、無理のない速さで最奥を突く。空いた片方の手はお互いの存在を確かにこの場につなぎ止めるように、那央の指と強く絡まり合った。 「はぁっ、ん……あっ、ん」  動きに合わせて自然と漏れてしまう声を抑えていられるほどの余裕は、今の那央にはない。再び張り詰めていくのに合わせて、先程覚えたばかりの一点を通過されるたびに気持ち良いという感覚がどういうものなのかを知らしめてくる。 「あっ、あっ、んっ……ぁ」  肌と肌がぶつかる音と那央の嬌声、隼人の漏れる息。邪魔するものは何もない二人だけの空間だ。 「那央、那央。好き、好きだ」 「んっ、あ、はや……と、俺も、すき。大好き」  名前を呼ばれる度、行為だけでなく言葉で気持ちをぶつけられる度、それを表す言葉が見つからないほどの気持ちが溢れてくる。  苦しい、嬉しい、気持ち良い。それらが交互に現れて最終的に残ったのは幸せが籠もった愛しさだ。 「はぁ、んっ、あっ、だ……め。も、うイっちゃ……」 「イっていいよ。俺も、もう限界」  再度訪れた限界を申告すると、同じように限界を迎えようとしている隼人と情欲を込めた視線が交わる。そして瞳を閉じてお互いに距離を縮めると唇を触れあった。 「んっ――!」  この上なく幸せな瞬間の訪れでついに弾けて白濁が飛び散る。 「――っ」  次の瞬間にはゴム越しに隼人のものも弾けた事を感じ取った。  お互いに息を弾ませながら、一度離れてしまった唇をどちらともなく再び合わせた。舌を絡ませお互いの口内を撫で回していると繋がったままの隼人の興奮が再び高まっていくのが伝わってくる。吐精した自分のものも早くも次の刺激を期待していた。 「もう一回いい?」  汗をにじませながら劣情を煽り立てる隼人へ、那央は甘い口づけで答えた。 「――んん」  薄らと開かれた視界に映る天井と窓から零れる光。いつもとどこか違う光景に、そうだ窓の配置が違うと気づいたときには自分がどこにいるのかを思い出した。  いくら那央が小柄でも大学生の男二人が寝るには狭いベッドの上で、気がつけば隼人の腕の中にいた。  頭に敷いていたのは愛用の枕ではなく隼人の腕で、辿るとそこにはまだ眠っている世界で一番愛しい人の顔があった。  じっと飽きずに眺めている内にぴくりと瞼が動き、隼人も目を覚ます。  寝ぼけて虚ろな顔は、目の前にいる那央の存在を捉えるとパッと花を咲かせた。 「おはよ、那央」 「おはよう、隼人」  お互いくすぐったい笑みを浮かべ、隼人はギュッと那央を抱きしめる。  こんな幸せな朝はこのまま二度寝するのも一興だ。  拝啓、未来におびえる過去の俺。一度はその先に待っていたのがひどく辛い現実だったとしても、告白という選択肢を選んでくれてありがとう。  拝啓、絶望に満ちた元の世界の俺。知らないだろうけど、俺は十分隼人から大切に思われていたんだよ。  拝啓、隼人と幸せな日々を過ごす未来の俺。時には辛い日があっても俺はもう諦めないと決めたから、朝になれば今日と同じように笑顔で挨拶を交わしているんだろうね。  いつか今日という日も過去の記憶となって、二人で笑いながら思い出に花を咲かせる日のさらにその先までいつまでも。  永久に続く幸せな日々の一ページ目に、寄り添いながらまどろみの中へ溶けていく二人は実に相応しかった。
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