n度目の恋を運命に

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 運命の相手、とはどんな相手だろうか。  一目見たときに惹かれあってしまう何かを感じた相手か。  あるいは、命の終わるその瞬間まで寄り添える相手のことか。  あるいは、現世に留まらない縁か。 「「ふっざけんなッッッ」」  小さな部屋に、ふたりの怒声が響いた。 「ねー、もう嫌なんだけど」 「同感うんざりふざけんな」  盛大な溜息とともに、マオとユウキはばたんと倒れこんだ。  六畳程度のワンルーム。二人では少し手狭に感じるその部屋に、ふたりのうめきともうなりともつかない声が響く。 「惚れた相手の前世勇者パターンもういいでしょ、何回目よお前!」 「お互い様だわ、惚れた相手の前世魔王パターン。いい加減にしてくれよ……」  最初の出会いは良かった。  魔物はびこる世界。人と魔の終わらない因縁。出会う二人。避けられない運命。血を流しあい、笑いあい、認めあい、そして最後は勇者として魔王の心臓へと刃を突き立てた。  それで物語はおしまい。ハッピーエンド、それならどれほど良かったか。  そうはならなかった。 「先輩! 私……あの……先輩のことが……」  一目見た時から、目が離せなくなった学生時代。  卒業を目前に、離れ離れになってしまうその前に出した勇気は、見事にお互いの前世の記憶の扉をこじ開けた。  衝動的に刺し殺してしまった。 「なぁ、お前さ、好きな人とか……」  ずっと一緒に育った家族のような幼馴染に、別の感情が芽生えたあの日。  血で血を洗う今までが、頭に流れ込んだ。  反射的に殺してしまった。  世界は変われど、時代が変われど、何が変わったところで出会ってしまうう、惹かれてしまう、殺してしまう。  都合、二桁目に突入して今に至る。 「ストーカーか! お前は私のストーカーなのか、良いだろもう!」  駄々をこねるようにマオが床を叩いて喚く。そんなマオを冷たい目で見ながら、ユウキは知らず握りしめていた拳の力を抜いた。  この拳をどうするつもりだったのか。考えることも嫌になる。 「だからお互い様だからな。そもそも前回話も聞こうとせず俺を殺したのはお前だろうが」  首元に突き立ったボールペンの熱さを思い出して、顔が歪む。 「それはお前が前々回の時に私を殺したから悪いんだろ」  そしてマオも、己の目に突き立てられた枝の痛みを思い出して舌を出した。 「それはそもそも……いや、やめよう。不毛すぎる」 「そうだな、不毛すぎるよ」  その場にあるもので、あるいは己の技術で。衝動的に、反射的に、仕返し的に振るわれる暴力は何度となくお互いの命を奪ってきた。  始まりは勇者と魔王としての関係で、そしてそれに言及したところで良いも悪いもない。ただそういう関係で、そういう世界だったという話に着地するだけだ。  今更何が変わるわけでもない過去だ。 「……つうか、最初から嫌いあう仲にはなれないのか俺ら……何で毎回告白をトリガーに思い出すんだよ。どういう嫌がらせだよ」 「神様がいるなら、たぶんリア充が嫌いなんだよ。カップル見ると許せないタイプなんだ」 「神様、ね……」  ユウキは、自分に力を授けた存在を思い返す。  あのやたらと人間味のある女神がこんな陰湿なことをするとは思えない。だが否定もできない。もしくは他にも神様がいる可能性だってある。  なんにせよ、感じることはひとつ。 「心狭すぎないかそれ……」 「もしくは性癖」  すごく嫌な可能性だった。  マオはどうでも良さげだが、自称神様から力を授かっていたユウキとしては、同じ陣営にそんな拗らせ神がいるとは思いたくない。 「巻き込まれてるの迷惑すぎるだろ……最初くらいじゃねぇか、本当に殺しあわないといけなかったような世界線……」 「後は何とはない平和な時代とか、世界だったもんなぁ」  戦う必要のない世界ばかりだった。貧しい時代、豊かな世界、いろいろなものを見てはきたが、どの世界にも生きたいと思える理由のある場所ばかりだった。  それなのに、である。 「満喫させてくれよ、何で毎回これからって時に暗黒時代に突入なんだよ」  精一杯生きて、好きな人に出会って、思いを伝えて。  その答えが毎回死亡。  やってられない。 「それを言うなら私だって毎回毎回、どれだけ食べ損ねたものがあると思ってんの」  食い意地の張った言い分に、苦笑する。  それは魔王とは言い難い平和な怒りだ。 「数回くらいは世界のためとか、いろいろ考えたけどなぁ……」  人間として、世界を守るため。  あるいは魔の王として、他に眷属が居ないとしても、その誇りを失わぬために。 「もう何回目? 十とかそこら?」  うんざりしたようにマオが首を傾げる。 「その辺じゃね」 「流石にもういいでしょ。何をもって殺したり殺されたりさぁ……」  誇りも矜持も、世界があってこそ。守るべき者たちがいてこそ。  ならば何のために今ここで、この世界で力を振るわなければならないのか。  無駄も無駄。   その必要があるとは思えなかった。 「しかも毎回惚れた相手な」 「別のに惚れなさいよ」 「無茶言うなよ。それで言うならお前だって俺以外の……」  ユウキの言葉が詰まる。  何か不思議なものでも食べたような。次第に渋いものへと変わり、苦々し気に黙り込んだ。 「何よ」 「……別に、何でも」  自分の抱えた感情をどう処理すべきか、迷っていた。  マオはそんなユウキに、無理やり聞き出すこともなく肩を竦めるに留まる。 「……それで、今世はどうする? もうお互い見逃しってことで良いんだよね」 「殺すのはなぁ、もう勘弁してくれ」  冷静になってしまった今、殺し合いなどできるとも思えない。 「じゃあ今日という日はお互いなかったことに……」  今の自分たちはただの大学生でしかない。  血で血を洗う世界の勇者と魔王ではないのだから。  ただの、大学生。  告白したばかりの。    なかったことにする。  自分が言い出したにもかかわらず、マオの顔が不機嫌に染まる。 「何だよ」 「別に……何も……」  お互い、言い出せない。  お互いを見なかった出会わなかった、今日という日をなかったことにしようと。  それが一番丸く平和に収まることは分かっている。  だが何となく、癪で。  だから、ユウキは理由を探した。 「あのさ、お前は結局魔王だろ」  その切り出しに、マオの顔が余計に不機嫌に染まる。  そうだけど、そうじゃない。 「今はマオのつもりだけど。それが何よ」 「俺も勇者だしさ、その、何だ……」  とても真っ当な理由だ。  戦う世界じゃないからと言って、魔王が何もしないとは限らない。自分は勇者だから、そんな危険分子を放っておくわけにはいかないから。  だから。 「いや、違うな。やっぱなし」  ユウキはそこまで考えて、あっさりと言葉の先を投げ捨てた。  とても真っ当で、お互い納得しあえる理由だと思う。  でもそうじゃないと思った。 「何よもう」  それに振り回されるマオの方はたまったものじゃない。  いい加減話をするのも嫌とばかりに、ユウキから顔すら背け始めていた。  これが、最後のチャンス。  きっと間違えたら次はない。  そう思えばこそ、ユウキは身体を起こし、ゆっくりと息を吐き出すと、真っ直ぐにマオを見つめた。 「俺はマオが好きだから、一緒にいたい」  マオが、息を呑んだ。  魔王だからどうとか、勇者だからどうとか、今までとか、そんなものは置き去りにして捨て去って。  今、ふたりでいるのは好きだから。 「マオは、どうだ」  できるなら、ふたりでいたい。  ユウキは唇を結んで、そっとマオに手を伸ばす。この手をとってくれないか、と。  それは、ただの告白だ。  何でもないユウキの、愛の告白。 「……これで分かれ」  だからマオは、ユウキの手を無視して、胸に飛び込んだ。  それはたぶん、運命だった。
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