薬とラムネ

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薬とラムネ

 俺、ずっと母さんが嫌いだった。  何かにつけて俺のこと怒ってくるし、いつもイライラしてるから。俺が嫌いなメシ作っておいて、残すとめちゃくちゃ怒鳴られて「じゃあもう食べなくていい」とか言うし、俺がゲームしてるだけで横でため息ついたりなんかぼそぼそ文句言ってくるし。  でも勉強してたらしてたで、「あら珍しい!勉強してるの~?」とかおちょくってくるからホントうざかったんだよ。とにかく早くいなくなってほしかった。そんなこと思っちゃいけないことくらいわかってるけど、でも我慢できなかったんだ。 **  ある日母さんが病院に行って、帰ってきたらすげえ大人しかった。  父さんに聞いたら、なんか重い病気らしくって、薬を飲まないと大変なんだって言ってた。それから家は割と、めちゃくちゃになっていった。  母さんは寝てるときが多くなって、起きてても薬だけ飲んでまた寝た。俺の嫌いなメシも作れなくて、しばらくは出前とかコンビニとかラーメンとかで、俺は好きなもんを食べれたからよかったよ。  けどすぐ、父さんが「お前太ったな」とか言って、コンビニのサラダとか別に美味しくもないものばっかりになった。野菜ばかりで腹は減るのに、まだ太ってるからって父さんは俺が好きなものを食うのを許さなかった。  母さんが起きてるときは、まだましだった。  母さんが起きないと家の中はすぐ散らかるし、明日学校に着ていく服も洗ってなかったりするから、困ることが増えた。父さんは仕事ばっかで、家に帰ってくるのがどんどん遅くなった。文句を言ったら、中学生なんだからそれくらい自分でやれって言われた。教えてもらったことないのにどうやってやるんだよって聞いたら、母さんに聞けって。 「母さん、洗濯機回したいんだけど、どうやんの」  母さんは寝てるときは返事しないし、起きてるときに聞いたらまたあのめちゃくちゃでかいため息をついた。いつもやってもらっておきながら、ちっとも見てなかったのねって。母さんがやってくれてたから、俺はやる必要なかったの。だから、仕方ないだろ。  父さんも教えてくれないし、母さんも結局、洗剤の後ろに書いてる説明を読めって言うだけで教えてくれなかった。仕方なく自分でやったらまあ、なんとかなった。けど、干すときに袖が丸くなってたら乾かないとか、シワを伸ばして干さなきゃダメだとか、干したものを取り込んでるときに母さんにめちゃくちゃ言われた。せめて先に言えって。  夜中に帰ってきた父さんにも、そんなこともできないのかって怒鳴られた。  ろくに教えてもないことができるわけないだろ。でも、考えて行動しないのが悪いって、全部俺が悪いって二人がかりで言われたから、反論するのはやめた。じゃあ父さんも母さんも、昔は何も言われずになんでもできるスーパーマンだったのかよ。って言いたかったけど、でも、言わなかった。 「そんなに俺のことが嫌いかよ。俺だって嫌いだわ」  そんなのがずっと続くから、もう嫌になってきて、嫌がらせしてやることにした。俺は、母さんの薬をこっそり、ラムネとすり替えてやることにした。母さんが家にいるからってだけで、父さんはずっと外で仕事ばっかりになった。でも母さんは家にいたって、何の役にも立たない。母さんがいなかったら、父さんも帰ってくるしかないだろうから、そうさせようと思ったんだ。 「子どもに何でもかんでも押しつけようとすんなよな」  俺のクラスで洗濯の手伝いなんかしてる奴、ほとんどいないんだぞ。何もしなくったって美味しいもの作ってくれるらしいし、優しいお母さんだって言ってる奴もいる。俺だって、そういう優しい家の子がよかったよ。こんな風に、あれもこれも自分でやれなんて言われる家じゃない方がよかった。  母さんの薬とすり替えたラムネは、父さんにもらったやつ。  最近仕事場でもらって、「要らないからやる、美味しくないから捨ててもいい」って言ってたやつだ。なんとなく大事に取っといたんだ。別にいいよな?どうせ何に効いてるかわかんない薬なんだから、すり替えたって別に良いだろ。早く楽になれば良いよ。  余命なんて聞いたらどうせまた怒鳴られるだろうし、いつになるかは知らないけど。  けど、なんだか母さんは別に何も変わらなくて、俺の嫌がらせは何の意味もなかった。 調子が良いときは前みたいに怒るしため息もつくし、メシをたまに作るようにもなった。けど、買い物はまだ行けないから俺に買ってこいって言うし、メシの後の洗い物くらいやれって怒られた。  俺のメシはサラダか、母さんの作った美味しくないやつかの二択になっただけだのに。ラーメンは、体重は戻ったのにダメだってまた言われた。  起きてる時間が増えても、母さんは俺にあれこれさせようとした。またいつ母さんができなくなるかわかんないからって、自分で出来るようにしておけって。 「教えてくれさえしたらできるんだから、やらせる必要はないだろ」  そう言ったら、母さんも父さんも怒ってきた。  なんでだよ、いてもいなくてもやらせようとすんのかよ。  腹が立つ。なんでだよ、なんで俺ばっかり。  イライラしたから、母さんの薬もラムネも全部捨ててやった。俺に、早起きしてゴミ捨てもしろって言うものだから、俺がゴミだと思ったもの全部捨ててやった。本当は父さんも母さんも捨ててやってもよかったんだけど、それは色々面倒だからしないでやった。  そうしたら母さんが、俺をグーで殴って文句を言いだした。 「あんたが薬を勝手に捨てたら、その分余計にお金払って病院行って、お薬をもらわないといけないのよ!あんたはお金をゴミにして捨てたの!そんなこともわからないの!?」  ヒステリックにきんきん耳に響く声で怒鳴られて、俺はうるせえって怒鳴って部屋にこもった。  その日俺は学校を休んだし、母さんは病院にタクシーで行ったらしく、夜にはその分余計なお金がかかったってぎゃあぎゃあ父さんと喧嘩してた。 「タクシーじゃなきゃ病院なんか行けない、父さんが車で連れて行かないせいだ」「遅くまで帰ってこないで、何をしてるんだ」「仕事してるんだから無理に決まってるだろ、働きもしないで甘えるな」「あいつなんかにゴミ捨てをさせるからだ」  しまいには俺が何にもできないのを理由に、気の利かない俺にゴミ捨てなんか出来るはずがないだろって怒鳴ったり、ゴミ捨てすら出来ない子どもに育てたお前が悪いとか反論したり、俺のことで喧嘩し始めて気分が悪かった。  あの二人も、あの薬みたいに捨ててやれればいいのに。  しばらくしてまた、父さんが部屋にあのラムネを持っているのを見つけたから、また母さんの薬とすり替えておいた。また怒鳴られても面倒くさいので、母さんの薬だけ捨てた。馬鹿にした俺に嫌がらせされて、馬鹿みたいにラムネだけ飲んでれば良いと思った。  その日の夜、腹が立って仕方なかったから、母さんの薬を全部ボリボリ食ってやった。何に効くかも分からない薬でも、一気に飲めば死ねるかなって。そんなに俺が出来損ないで腹が立つなら、お望みどおり消えてやる、って思ったんだ。  けど、いくら食ってもなんともなかったし、母さんは相変わらずラムネで調子の良い日が増えて意味が分からなかった。たまに起きてるときに出くわすと、俺に説教ばかりしていた。家のことくらいしろ、しないなら学校に行けって怒鳴られて、昼になってから学校に行ったら、先生にも説教された。  全部、後になってわかったことなんだけど。  あるときさ、父さんが母さんの調子がいいのを疑問に思って、俺が貰ったラムネをどうしたか聞いてきた。だから、正直に母さんの薬とすり替えてやったって言ったら、思いっきり顔を殴られた。 「お前が余計なことをしてたのか!本当に何の役にも立たない奴だな!」  いきなり殴られて後ろにすっ飛んだ。何もできないくせに余計なことばかりしやがってって、すげえ形相で睨みながら、父さんは俺を蹴り飛ばしたりもした。本気でイライラしてたみたいで、俺は殺されるって思ったよ。  母さんのあの薬、甘くてお菓子みたいな味がしたから、妙だと思ってたんだよ。
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