紡ぎの巫女

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 巫女として糸を紡ぐことが、私の運命だった。  けれど自分で決めていいのだと、彼は言う。  自分の手に運命を取り戻した彼はとてもまぶしく見えた。  ――私も、そんな風に生きられるだろうか。  もし。もし、自分の意思で決められるのならば。 「……巫女を、やめたい。きみのそばにいたい」  震えた声しか出ないけれど、彼はしっかりとうなずいてくれた。  敏感に感じ取った糸たちが、私を逃がすまいと絡みつく。彼は苛立たしげに糸をつかんだ。 「あんたたちも、自分の運命くらい、自分でどうにかしてくださいよ。いつまで巫女さまに甘えてるんですか」  力任せに引っ張っても糸が取れることはないけれど、彼は諦めない。ひとは弱いものだと思っていたのに、彼を見ていると、決めつけていたことが恥ずかしくなる。  私だって、決められた巫女の運命に抵抗しなかった。でもそれでは、つまらない。彼のように抗い、生きていられたらと思ってしまう。  もう嫌だ、この生活は。  じんわりと手に熱がこもる。糸を紡ぐときの光が手に宿り、それは段々と目に痛いほどの光となる。まとわりついていた糸を握ると、熱に灼かれるように、糸は断ち切られた。  少年が私を見て、「どうぞ、思いきり」と促す。こくりと頷いた。  糸が泣いている。ひとりでは生きていけぬと。  私は首を振った。 「ひとの子は強い。私が思うより、ずっと。きみたちも、自分の足で自分の運命を歩んでいけるだけの力があるはずです」  強く願うほど、手の光はまばゆさを増す。その光に後押しされた。 「お返しします、きみたちの糸。これより先は、己の力で生きるといい」  光る手を繭に押し付ければ、赤い糸たちは呼応して輝き、弾けていく。持ち主のもとへと帰っていくのだ。それはやはり、泣いているように見えた。けれど私も、もう迷わない。  彼らのためというより、自分のために。 「私も、私の意思で生きる。自由になる。だからごめんなさい、ここにはもう、だれの運命も残さない。全員帰っていただきます!」  私がそうすると決めたから。誰にも邪魔はさせない。  目を開けていられないほどの光が放たれ、繭を貫く。  岩屋にはじめて白の世界が満ちた。
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