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闇が戻ってきた岩屋では、あれほど大きかった繭がほどけ、糸は持ち主のもとへ漂いながら帰っていった。私は赤い糸が消えていく様子を見つめていた。
「長い時間守ってきたのに、あっという間に消えてしまうのですね」
「すべての運命を巫女さまが世話していたことが、そもそも、おかしいんですよ。自分のことぐらい、自分で面倒みる。そのほうが効率いいに決まってます」
あっけらかんと彼は言う。
「だからいいんですよ、これで」
私の意思で、すべての運命を巻き込んでしまったことに罪悪感はあった。彼はそれを気遣ってくれたらしい。すこし、胸がすっとした。
「あ、糸が」
ふいに、彼が声を上げた。
岩屋から飛んでいく糸の最後の糸が、するりと私の小指に巻き付いたのだ。そのときになって、やっと思い出した。
「ああ、そうでした。私の糸は、切り捨てて、繭の中に放り込んだんです。繭に運命を捧げる巫女として」
すっかり忘れていた。そうか、ずっとあの中にあったのか。
糸が巻き付いた小指が、熱い。
私の運命も、やっと私のもとに返ってきたのだ。
「これで巫女さまも、ただのひとですね。さて、ぼくたちも行きましょうか」
彼が差し出す手を、私は取った。もう誰も、私が岩屋を出ることを邪魔しない。外へと歩く、一歩一歩を慎重に運んだ。
「でも、なんとなく寂しいのはどうしてでしょうね」
彼が言った。自分の小指から伸びる糸の切れ端をひらひらとさせている。
「繭に繋がっているうちは、多くのひとの糸と絡まっていましたから。糸が離れれば、孤独に思える。慣れ親しんだ巣穴を飛び出した子狐みたいなものです」
「そっか。うーん、繭は嫌いだったけど、そこだけ残念ですね。心に穴が開いたみたいな、変な感じです」
彼はうなって、数歩行き、「じゃあこうしましょう」と私に耳打ちをした。私は戸惑って、でもまあ、それもいいかと笑った。
彼の糸の端と、私の端。つまんで、じんわりと熱を持つ手で、紡ぎ合わせる。ふたつの糸はひとつの糸になる。
彼が糸を見て微笑んだ。
「運命を勝手に決められるのは嫌ですけど、巫女さまと結ばれているのは、うれしいです」
繋いだ手からも、結ばれた糸からも、彼の存在を感じて、すこしくすぐったい。でもこれなら、寂しくない。私も微笑み返した。
彼とともに歩いていく。
私が、そう決めた。
それが私の運命だと。
岩屋の出口が見えてきた。差し込む陽の光は、一体いつぶりだろう。まぶしくて目を細めた。
「行きましょう」
そうして彼と共に見た外の景色は、とても美しかった。
(了)
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