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世に生きるすべての者たちの運命は自然と集まり、ねじれて、繭になる。繭をひとところで管理するために、この岩屋がつくられた。繭をほぐして紡ぐことで運命が流れ、世の営みが守られる。
「糸が絡まったままでは、ひとびとの運命がこじれる。だから紡ぎの邪魔をするな、と言っているんですけどね」
「あはは。巫女さま、たすけてください」
こりずにやってきた少年は、また芋虫になって這っている。私はため息をついて、少年に絡まった糸を引っ張り、紡ぐ。
「これ、くっつかないようにできないんですか?」
「きみの糸がある限りは、無理です。糸は糸に引かれて絡まるものだから」
少年の薬指から繭へと伸びる糸に、ほかの糸たちもすぐ絡みつこうとする。繭の糸も、もともとはだれかの小指から伸びているものだ。
「でも巫女さまは、糸に埋もれないじゃないですか」
「私は糸がないので。巫女になるとき、切り捨てました」
ひととしての運命を捨てたのだ。おかげさまで、歳を取ることもなければ、食事もいらない身になった。さて、あの糸はどこへやったのだったか……。
「へえ。じゃあ、ぼくの糸も切ってくださいよ。絡まるの、面倒くさい」
「それは駄目です」
ぴんっと指で少年の額をこづく。
「いたっ」
「糸を断ち切っても、捨てなければひとの道を外れることはないでしょう。それでも、きみはひとりで生きることになってしまう」
「ひとりで?」
「絡まっても私が助けてあげられません。糸が繭に繋がる限り、私が守ってあげられるから、そのままにしておきなさい」
私は知っている。ひとの子が弱いことを。絡まった糸を自分で対処することは難しい。
それに、繭と繋がっているうちは、糸を伝って、多くのひとと縁を持っているという安心感が得られた。糸を切り離した途端、世の中にひとりきりでいるような孤独を味わったことを、私は覚えている。彼に孤独を与えるのは忍びなかった。
けれど私の優しさにも気づかず、彼は口をとがらせる。
明日また来たなら、もう一度教えてやろう。ひとりで生きることの無謀さを。そう思ったけれど、つぎの日、少年は岩屋に来なかった。つぎの日も、そのつぎの日も。
カタカタカタ、と私は糸車を回す。繭の糸を紡ぐと、人間の運命を覗き見ることができた。
どうやら少年は、死んだらしい。岩屋から里に帰る道中、賊に襲われたようだった。
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