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「巫女さまは、外に出たいと思いませんか」
今度の少年は、商人の家にでも生まれたか、きちんとした身なりだった。幼いころにここへ来て、いまではすっかり青年になった。
「ここで糸を紡がなくてはいけないので。それよりきみ、そろそろ嫁でももらってはどうですか。いつまでも岩屋に入り浸らないで」
「巫女さまが嫁入りしてくれるなら、そうしましょう」
「生意気な子どもですね。芋虫になっているくせに」
「あはは。たすけて、巫女さま」
「生意気言う子は、たすけません」
くすくすくす、と少年が笑う。
カタカタカタ、と糸車が回る。
私は、いつしか、彼の糸なら切ってもいいかと思いはじめていた。彼なら、自分の力だけで生きていけるかもしれない。私の助けを必要とせずに――それはすこし寂しい気もするけれど。親離れされたようで。
でも今度また、糸を切れと言われたら、応えてあげてもいいかもしれない。
――私は、巫女の運命に縛られている。
自分の力で生きようとする少年が、まぶしく見えた。もし私も、自由に生きることを許されたなら、彼のそばにいられただろうか。
カタカタカタ、と規則的に響く音。
その音が止まったのは、少年の糸が切れたと知った日だった。死んでしまったのだ。命は巡る。また時が経てば、彼はここにやって来るだろう。
でも、しばらくは、ひとりだ。
つぎはいつ生まれてくるだろう。待っている間の孤独を思うと、苦しくなった。私の永遠の時間と、彼の生きる刹那の時間は違いすぎる。どうせなら、この岩屋で息絶えればいいのに。私の手もとに骸を残してくれれば、すこしは慰めにもなるだろう。
「寂しいな」
思わずこぼれた言葉が、身にじんとしみた。
骸でもいい。彼に会いたいと思った。
ひと目でいいから。ほんのすこしだけ。
会いたい。
私は立ち上がり、岩屋の出口に向かった。
いや、向かおうとした。
それは、できなかった。
私の足に、繭から伸びた糸が絡まりついていた。そうして、私を糸の中に吞みこもうとしていたから。
ぞくりと悪寒が走った。
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