紡ぎの巫女

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 それはまるで、波のようだった。波というものを、少年から聞いて知っていただけで見たことはないけれど。でもきっと、波のようなものだった。  繭から糸くずたちが押し寄せて、私を呑みこんだ。  とっさに、懐に入れていた、いままで紡いできた少年の糸が入った巾着袋を放り投げてた。自由に生きようとした少年が、絡めとられるのは不憫だったから。  糸が襲いかかる。私はもみくちゃにされて、必死に出ようと糸の間から手を伸ばした。なんの抵抗にもならなかった。  視界が赤一色に染まった。  繭の中に閉じ込められたのだ。  すうっと肝が冷えて、汗が伝う。 「出して!」  糸たちには、私が必要なのだ。巫女がいなければ、彼らはこじれてしまうから。  繭は頑丈だった。幾重にも折り重なった糸の壁は一分の隙もなく、私を取り囲んでいた。 「お願い、出して。すこしだけよ。ひと目見たら、戻ってくるから!」  しん、と静かな赤い闇だった。 「出して!」  目の奥が熱くなった。何度も叩くうち、手は真っ赤になって、血も流れた。  私、いままで頑張ってきたでしょう? ずっと、ひとりで世を守ってきたの。もう許して。外に出して。  巫女なんて、もう嫌だ。  彼に会わせて――。  なさけない声で懇願し続けた。  けれど糸たちは、私を逃してはくれなかった。
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