紡ぎの巫女

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 つぎの瞬間、赤い世界が崩れた。  見えたのは、岩屋の闇だった。闇から、白いひとの手が伸びて、私の腕をつかみ、引き上げる。驚いて、声も出なかった。 「運命は嫌いですが、この糸は助かりました。おかげで、ぜんぶ思い出せた」  少年は、今度は武士の家にでも生まれたのだろうか。芋虫間近になっているけれど、身ぎれいな青年となっていた。刀で繭に隙間を作ったらしい。  いつの日だったか、私が放り出した巾着はすっかり薄汚れて、中から少年のかつての糸が抜け出し、彼の身体に吸い寄せられていた。その糸から、これまでの人生を思い出したらしい。  私は声をかけようとした。  けれど、糸が私を吞みこもうとした。今度は少年も共に。また、赤い世界に包まれる。  少年はわずかにたじろいだけれど、「巫女さま、好かれ過ぎでしょう」と苦笑した。その笑った顔はかつて何度も見たもので、「ああ、また会えた」と実感させられた。かっと頭の中が熱くなる。頬に涙が伝った。  繭の中で、少年に絡まる糸をほどき、彼の頬に触れた。あたたかい。 「会いたかった」  寂しかった。  きみがそばにいてくれないと、ひどく寂しい。  ずっといっしょにいて。  ひとりにしないで。  震えた声で、たどたどしい言葉しか紡ぐことはできなかった。 「長生きのくせに、子どもみたいなことを言うんですから。言われなくても、ずっと会いに来てるじゃないですか」  少年は、肩をすくめて繭を蹴る。 「あーあ。ぼく、この繭が嫌いです。ぼくの生きる道は、ぼくが決める」  あいかわらずの運命嫌いだ。  はい、と少年は私に指を突き出した。その意図を、私は知っていた。 「切ってください、ぼくの糸。繭に繋がれるのはご免です。ぼくは巫女さまに守られるだけの子どもではありません」  私はもう、言い返すことはしなかった。彼なら、自分で自分の生を守りきると思えたから。そもそも泣いてあやされている私が、彼を子どもだと言えるはずもない。  頷いて、彼の糸に触れた。  じんわり熱を持つ手で、糸を断ち切る。ぷちっと軽い音を立てて、彼の糸は切れた。小指から伸びる糸は、切れ端を見せながら、ひらひらと漂う。彼は笑った。 「あっけない。それで、巫女さまはどうするんです?」 「え?」 「巫女さまの運命は、巫女さまが決めていいんですよ」 「私の……?」
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