紡ぎの巫女

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紡ぎの巫女

 ここには、闇と赤しかない。  岩屋の最奥に、ほのかに光る赤い糸が寄り集まって、ねじれて、巨大な繭ができあがっていた。私は繭をほぐして、くず糸を手に持ち、糸車を回す。  カタカタカタ。  乾いた音を立てながら、糸は繭から紡がれる。糸を紡ぐときは、いつも手がほんのりと熱を持ち、淡く光り出す。  岩屋は暗く、繭と糸車と私だけがあった。といっても、繭があまりにも大きいから、それ以外のものは存在感がない。  カタカタカタ――……、カタ。  ふと、糸車を止めたのは、背後で素っとん狂な声がしたからだ。振り向くと、少年が、繭からあふれ出した糸くずたちに巻き取られて、芋虫のように這っていた。 「巫女さま、たすけてください」  なさけない声で言った少年を見て、私はまた糸車に視線を戻す。 「ここは神聖な紡ぎの場。立ち入ってはならないと、里長から聞いていませんか」  糸車を回しながら言えば、少年は言葉に詰まった。 「だって、面白そうだったから」 「面白半分に禁忌をおかすものではありません。怒られますよ」 「巫女さま、いま怒ってます?」 「え? ……いえ。私の邪魔をしなければ、怒りませんが」  なんとなく、すがるような瞳に負けて、言葉を濁した。 「じゃあ。大丈夫。里長たちは、巫女さまが怒るから岩屋に入るなって言うんです。巫女さまが怒らないなら、だれも怒りませんよ」  少年は芋虫になったまま、胸を張ったようだった。  変な子だ。  糸車を止めて、少年のもとまで歩いていく。その身に絡まるくず糸たちをつまんで、糸に変えてやる。残ったのは、彼の小指から伸びる彼自身の糸だけだ。それも繭に繋がっているから、油断すればまたほかの糸が絡みつくだろうけれど。 「すごい。巫女さまって本当に糸を操れるんですね」 「紡ぎの巫女ですから。ああ、こら。きみが触ると、また絡まります。さっさと里におかえりなさい。紡ぎの邪魔をするなら、今度こそ怒りますよ」  う、と少年は怖気づいて背を向けた。巫女は岩屋からは出られないから、出口まで送ることはできない。まあでも、これにこりて、岩屋にはもう来ないだろう。そう思っていたのだけれど。 「巫女さま。こんにちは」 「……また来たんですか」 「だって邪魔しなければ、巫女さまは怒らないんでしょう?」  小賢しいことに、少年は足しげく岩屋に通うようになってしまった。
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