津波

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 敬太(けいた)は海沿いの漁村に住む男。数年前にここに住み始めた。ここの生活は大変だけど、それ以上にここの海の幸はうまい。だからここが好きだ。  敬太は海沿いの道を走っていた。今日の仕事を終え、家に帰るようだ。帰ったら新婚の妻が待っている。楽しみだな。 「今日も疲れたなー」  海沿いの道は空いていた。この辺りはそんなに人通りが多くない。通り過ぎるのは少しの漁師ぐらいで、あとは高齢者だ。敬太は周りを気にしつつ、家に向かっていた。 「明日も頑張ろう」  敬太は思い出した。今日の晩ごはんはマーボーナスだ。妻から聞いた。早く帰らねば。妻も待ってる事だし。 「今日はマーボーナスだと聞いたな。楽しみだなー」  突然、サイレンが鳴った。何事だろう。この辺りで地震も津波も起こっていない。それに、今日は晴れだ。土砂崩れなんてないだろう。 「ん?」  敬太が車から降りると、サイレンの音が聞こえる。津波のサイレンのようだ。だが、だれも騒がしくならない。どうしたんだろう。 「サイレン?」  敬太はスマホで天気予報を見た。しばらく晴ればかりの日が続くようだ。台風情報もないし、どうしたんだろう。 「台風の情報ないし、地震の速報もないよな」  と、サイレンが止まった。だが、津波は来ない。一体何だろう。敬太は首をかしげた。 「止まった。何だったんだろう」  何も気にする事なく、敬太は再び車に乗り、家に向かった。何もなかったんだ。いつも通り帰ろう。  だが、その時のサイレンは耳に残った。いったい何だったんだろう。帰ってきても、とても気になった。1人でいても、食事中でも、気になってしょうがない。 「あなた、どうしたの?」  妻の声で敬太は我に返った。晩ごはんのマーボーナスを食べている途中のようだ。 「いや。帰ってくる時にサイレンが鳴って」  妻は首をかしげた。そのサイレンを聞こえていなかったようだ。あのサイレンは、幻だったんだろうか? 「そう。何にもなかったわよ」 「うーん・・・」  敬太は黙り込んでしまった。どうしてサイレンが鳴ったんだろう。津波大雨も来なかった。なのにどうして鳴ったんだろう。 「疲れてるから、幻覚でも見たんじゃないの?」  妻はわかっていた。疲れていて、幻覚でも見たに違いない。ゆっくり休めば、何とかなるだろう。 「そ、そうだよな。寝ればすっきりするかもね」 「そうよ」  敬太は苦笑いをした。どうして今まで気にしていたんだろう。少し休めばまた元気になるだろう。明日も仕事だ。寝てしっかりと疲れを取ろう。  その夜、敬太は夢を見た。それは、いつものように出勤する夢だった。敬太はそれが夢だと気づいていなかった。いつもの日常のように見えたからだ。  行き交う車はやや多く、夕方より少しは賑わいがある。だが、都会ほどではない。いつもの朝の光景だ。何も変わりがない。  突然、サイレンが聞こえた。昨日に続いて、今日もサイレンだ。いったい何だろう。敬太は車を降りて、外に出た。 「サイレンが鳴ってる!」  敬太は首をかしげている。サイレンが鳴っているのに、誰も逃げようとしない。どうしてだろう。  と、何かに気づいて敬太は海を見た。大きな津波が迫ってくる。だが、人々は逃げようとしない。どうしてだろう。 「つ、津波?」  飲み込まれると思った敬太は車に乗り、山の方に向かった。高いところに逃げれば大丈夫だろう。 「津波だ! 早く逃げないと!」  敬太は逃げた。だが、津波が海から陸に上がり、どんどん近づいてくる。だんだん敬太は焦ってきた。次第に津波が迫ってくる。 「早く早く!」  だが、津波はあっという間に追いつき、敬太の乗った車を飲み込んだ。まさか、こんな事になるなんて。ここで死にたくない。もっと生きたい。 「うわぁぁぁぁぁぁ!」 「あなた、あなた! 朝よ!」  敬太は妻の声で目が覚めた。いつの間にか、敬太は汗をかいてしまった。どうやら夢だったようだ。敬太はため息をついた。どうやら津波は夢だったようだ。 「ゆ、夢か・・・」 「どうしたの? うなされて」  妻は何かにうなされている敬太が気になっていた。どんな悪夢を見たんだろう。とても気になる。 「津波に遭う夢だったんだ」  それを聞いて、妻は何かを思い出した。10年前の地震で起きた津波の事だ。妻はそれで自分以外家族みんなを失った。あの時の事を、今でも忘れていない。まるで昨日のように思い出す。 「まさか、あの時の津波?」 「どうしたの?」  それを聞いて、敬太は反応した。まさか、本当に起こった津波の夢だろうか? すると、あの時のサイレンは、あの時の幻覚だろうか? 「ここ、10年前に大津波があって、多くの人が亡くなったのよ」  すると、妻の目から涙がこぼれた。今でも思い出すと、泣けてくるんだろうか? それほど悲惨な出来事だったんだな。 「あの時の夢かな?」 「たぶんそうだと思う」  やはり、あのサイレンや津波はあの時の夢や幻だったんだ。でも、どうして夢を見ちゃったんだろう。 「そんな・・・」  と、妻は提案をした。この近くに慰霊碑があるから、冥福を祈るために行ってみたらどうだろう。そうすれば、悪夢や幻を見なくなるかもしれない。 「この近くに慰霊碑があるから、行ってみたらどう?」 「そうだね。休みの日に行ってみよう」 「うん」  2人は今度の休み、この近くに慰霊碑に行く事にした。これで本当に悪夢を見なくなるかどうかわからない。だけど行ってみよう。  週末、2人は高台にある慰霊碑にやってきた。津波がやって来た時には、ここに多くの人がやって来たという。ここに集まった人々は、津波に飲まれた町を呆然と見ていたという。 「これが慰霊碑なのか」 「うん」  2人は慰霊碑をじっと見ていた。そこには、犠牲になった人々の名前がある。その中には、妻の家族の名前もある。 「大変だったんだね」  妻は海を見た。あの時の事を思い出す。あの時は生きた心地がしなかった。逃げられたのが奇跡のようで、今生きているのが奇跡のようで。  そして妻は、町のはずれにある塔を見た。その塔は、津波が来るときに避難すためにできたものだ。敬太はその塔の事を知らなかった。 「あの塔は、津波が起きた時に避難するためにできたんだよ」 「そうなんだ」  2人は両手を合わせた。そして、目を閉じて、津波で犠牲になった人々の冥福を祈った。妻は、家族の事を思っている。今、こうして結婚した私を、家族はどう思っているんだろう。まだ結婚して間もない。きっと、生きられなかった分も頑張って、幸せに過ごす事を祈っているんだろう。
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