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「あんたも気をつけなよ。用法容量を守って薬を飲まないと、幸福にはなれないんだからな」  男はそう言いながら、スマホをいじり始めた。画面には、薬の摂取時間が表示されたアプリが映っている。あと数分で、彼の摂取時間になるようだ。 「まあ、気持ちは分からなくはないがね」  男は画面をじっと見つめながら、ぽつりとつぶやいた。 「確かにここは居心地がいいんだが、時々ふと思うんだよ。俺の人生って、そんなに不幸に見えたのかって。そもそも、俺にとっての幸福は本当にあんなものなのかってな」 「あんなものって?」 「おんなじなんだよ、みんな。見てる幸福が」  ユウトの脳裏に夢の中で出会った女性や家族の顔が思い浮かぶ。  家族で食事をして、結婚して、夫婦でケーキを作る。ありふれているが、どれも手に入れられなかったものたちだ。 「幸せなんて、みんな似たようなものじゃないですか?」 「そう言われれば、そうなのかもしれないなぁ」  自分がから話を振っておきながら、気のない声で男は言った。彼のスマホの画面の時間は進み続け、あと少しで0秒になるところだった。 「あなたの名前は?」  ユウトが尋ねると、彼はようやくスマホから目を離した。 「俺はユウ……」  男のスマホのアラームが鳴った。  薬を摂取する時間を知らせる音が、談話室に鳴り響いた。周囲のテーブルで待機していた利用者たちが、次々と診察室に向かっていく。彼らに続き、男はスマホを持って立ち上がった。
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