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 彼の言う通り、ユウトの人生は悲惨なものだった。プロ野球の世界を去った後も、この男が知らないことをいろいろとやってきた。  その結果がこれだ。  こんな男と同じように不幸だと診断され、施設で幸福の摂取を義務付けられている。惨めで仕方がなく、さっきまでの満たされていた気持ちも引いていく。 「あんた、ここに来るのは初めてか? 混乱してるだろ? あっちの世界とこっちの世界の記憶がごちゃごちゃっと、さ」  無精ひげの男は、縮れた髪を掻き乱した。  なにを言っているのだろうか。男の無精ひげに隠れた赤黒いできものが、目に留まる。ユウトはむずがゆくなり、こめかみを掻いた。  男の血走った目を覗き込むと、彼の瞳に見慣れた顔が映っている。頭の中の熱が急に冷めていく。 「――そうだ、紗江なんて女性知らない」  紗江なんて女性は存在しない。あれは、薬が見せた幻だ。  幻だろうが、たしかにあの幸福感は本物だった。それがさらに、ユウトの頭を混乱させた。 「あの薬はな、記憶の中の幸福をかき集めて増幅する作用があるんだよ。けど、記憶が足りないと、脳が勝手に幸福を作り出しちまう。ツギハギの幸福に慣れるまでは、アンタみたいに混乱するやつも多いんだよ。とくに幸福な記憶の少ないやつは、体になじむまで時間がかかるらしい」  男の説明が頭の中で反響する。ユウトは頭を抱え、壁に寄りかかった。 「……だいじょう、ぶ、じゃなさそうだな。まあ、ひとまずこっちに座ろう」  男に支えられ、ユウトは施設の談話室に並んだテーブルに腰かける。 「おい、その水、貰えるか?」  ユウトの隣に座り、男は利用者に飲み物を配っているスタッフを呼び止める。男性スタッフからペットボトルを受け取り、彼はユウトにそれを差し出した。 「ほら、飲めよ」  まだ呆然としたままのユウトは、指先一つ動かせない。
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